なぜ50代でライフシフトするのか|生涯現役という【引き算】の生き方になるから

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臨床心理士・公認心理師の高間しのぶです。

  • 50代に入って定年が目の前に見えてきて、途方にくれる日々を送っている。これからどう生きればいいのか?
  • 生涯現役という言葉を聞くと、まだ働くのか?と追い詰められていく自分を感じる
  • 結果を出すことだけに囚われて生きることに、もう飽き飽きした

そんな悩み(不安)を持って生きているあなたに、50代以降の人生をどのように舵取りしていけばいいのかについてお伝えします。これまで、のべ2万人の悩みを聴き続けてきたマインドフルな心理師が、日々のカウンセリングの中から得た知恵を、みなさんとシェアします。この記事のポイントは、

  • 50代はこれまで経験したことのない人生の選択がやってくる―つまりライフシフトする。
  • 引き算の成長は未体験ゾーン。いったい成長しない成長とは?
  • そのポイントは、ライフスキルを使うこと。

この記事の概要は動画でも配信しています。

■50代にはライフシフトという未体験ゾーンがやってくる

50歳ーそれは人生で一番不幸な時期とされています。そんな社会心理学の調査があります。

そんな50代についてのツイートです。

50代くらいになると、社会的な積み上げ、心理的な積み上げからは距離を置くようになります。逆に積み上げたものを崩していく時期に入る。自分の人生から「結果」を減らしていく。そうやって周囲の人と裸で話せるポジションにつく。そうやって親や先生から卒業していく。バーのマスターになる感じ。

50代になると、仕事人生の終わりが見えてきます。多くの会社員の人々には「定年」というものが見えてきます。そこから新たな飛翔へもがく人、すっかり社会から足を洗う人、さまざまですね。2021年の現時点では、世の中的には、まだ現役を続けろという風潮です。

そんな世の中の風潮に流されながら、これまで送ってきた人生を振り返る時期でもあるのが50代。しかし実際は、50代で振り返るようなものはないという思いもあります。そんなに大した実績を積み上げてこなかった、そう思う人もいるでしょう。コツコツはやってきたが、それが何になったのだろうという、絶望とまではいかないが、アキラメのようなもの。

20代になって社会に出ると、とかく積み上げという「実績」を問われますが、そんな社会的な評価は、50代くらいになると重要視されなくなったりもします。つまりこの頃になると生き方の評価軸に変化が現れます。つまり「ライフシフト」するのです。いや、そう思わない人もいるでしょう。新たな飛翔を望む人は必ずしもそうは思わない。それもいいですよ。

社会人として大学院なんかに通う人もいます。ただ、20代の大学院と50代の大学院は「その意味」が違うでしょう。

どのように意味が違うか。それは、積み上げている感じではなくなります。20代は権威を得るため、研鑽を積むために大学院へ行きます。なぜなら権威にはお金がくっついてくる場合が多いからです。でも50代はお金はある程度不自由していないので、それを求めるためでもないですね。50代、60代で大学院へ行く人々の行動を見ていると、「自分をまとめるために」勉強しているような気がします。目的がシフトしているのです。40代までの散らかった人生を整理したい。そのために、もうひと頑張りしようという感じです。権威でも、研鑽でも、結果でもないのです。

この「若いころと違うものを求めている」ということを分かるには時間もかかるでしょう。またある意味そこには思考のシフトが起きているため、それを実感することはたやすいことではありません。ここに50代からの人生の複雑さがあるように思います。

実際、結果を求めないでいると、周囲の人との間に積み上がった障壁が崩れていきます。壁が低くなります。対人関係において風通しが良くなります。結果というものは、他人と自分の間に積み上がっている壁のようなものです。それによって他人に緊張を与えてしまいます。これはストレスの多い人間関係なので、それを止めるわけです。

裸で話せるポジション、つまりバーのマスターのようです。目と目を見て、人間的な会話が優先されていきます。40代までに作り上げた「社会的な価値」という障壁は、これから社会を降りていく人にとっては邪魔くさい余計なものなのです。

◇グラットンの「ライフシフト」との比較

リンダ・グラットン氏は、寿命100年になるとこれまでと生活が変化するということを、著書「LIFE SHIFT」(*1)に記しました。これまでの働き方でなく、新しい生き方ー仕事・学び・遊びのバランスをとりつつ、柔軟に人生を設計していくーマルチステージを提唱しています。生き方はたくさんあって、会社員だけでなく、専門家、フリーランス、副業、ノマドワーカー、フリーランサーなど、さまざまな生き方を紹介した本とも言えます。そして、連続的に人生に起こるステージを波乗りしていく感じです。

この本の主張と今回の話は、観点が違います。今回の記事は、50歳以前と50歳以降は、別の層を生きることになるという話です。50代を境にして、別の層へ遷移するような感じです。1人の人生の中で、その2つの層は分断して存在している。その分断を乗り越える結果、ライフシフトが起きるという話です。

◇なぜリタイアがあるのか?

リタイアというと「仕事」のことばかりに目がいきますが、それではなんだか深みに欠けます。私の経験でしかありませんが、リタイアにはもっと別の意味があるのでしょう。

リタイアとは、積もったものを洗い流していくことです。背負ったものを降ろしていく。そうやって堆積したものをキレイにしていくと、その下からコアと呼ばれるものが出てきます。このコアとは、よく分かる言葉でいうと、【気持ち】ということ。

堆積したモノの摩擦でピカピカに磨かれた気持ち。人生の荒波に揉(も)まれてピカピカに磨かれた気持ち。人生の荒波という摩擦ですね。

堆積物はキレイに積み上がったものでなくてもいいのです。つなみで流された瓦礫が積もったような人生だったとしても。両肩にどっしりと背負った人生の重荷でもいいのです。そのほうが余計に、コアの気持ちが磨かれているかもしれません。結果は出なかったかもしれませんが、味のある人生だったということ。

この磨かれた気持ちに出会うために、50代からの人生はスタートします。成果がある人ほど、社会でバリバリやってた人ほど、この作業に放心することがあるでしょう。取り除く労力は半端ないからです。捨てていくのは大変です。でも40代までは、その積み上げてきたものを武器に勝ってきたわけですから仕方ないです。

◇磨かれた気持ちとは?

「静かな命」と定義してもいいかもしれませんね。ちゃんと生活できる穏やかな気持ちといったほうがよく分かるでしょうか。リタイアに向けて別の層へシフトして、そんな気持ちを発見する。この堆積物を整理していく作業は、死ぬまで続くのです。その作業を繰り返す中で、自分の人生の海図が見えてきて、あぁ、自分はこんなマップを通ってきたのかという気持ちに達します。

気持ちには、不安、怒り、恐れ、かなしみ、絶望、あきらめ、色々あります。それらの気持ちはなくなることはありませんが、それらがすべて磨かれて、穏やかな「安心」へ連結していくのです。不安→安心、怒り→安心、恐れ→安心、かなしみ→安心、絶望→安心、あきらめ→安心。
安心を感じるなら不安であっても、かなしくてもOKですね。

通常、気持ちというものは、ダイレクトに安心へ直結しません。しかしライフシフトして、堆積物が取り除かれて、気持ちがよく分かる(見える)ようになると、見ている自分も安心します。なぜなら自分の気持ちがよく理解できるから。こうやって人は、自分の人生を「安心」へ向けてドライブさせていくのです。

◇自己実現の問題

ユング心理学的にみると、人生の後半から「個性化」が始まります。個性化とは自己実現のことですが、一般的に言われているような自分の夢を実現していくような(表層的な)話ではありません。

個性化とは、これまで自分が捨ててきたもの、自分の人生に必要ないと隠してきたものに光を当てて、それを自分の中に統合していく作業です。これによって「自分」という統一された自己に再編していくのです。こうやって自己を実現するのですね。

自己実現とは夢をかなえるとかの話ではなく、分断されている自己を1つの統合されたものにしていく作業なのです。だから、本当の自己実現は人生の後半に「始動」するとも言えます。

30代、40代で夢をかなえることができたあなた、お疲れさまでした。とても頑張りましたね。夢が実現したのはラッキーなばかりではなく、あなたの努力があったからです。これから50代以降は、夢の実現ではなく、自己の実現が待っています。恐れることなく進んでいきましょう☺。

また、この自分が捨ててきたものはコンプレックスとも呼ばれます。通常、コンプレックスとは、背が低い、目が小さい、ぶさいく、スポーツが苦手など、他人より劣っている劣等意識に対して用いられています。しかし(ユング)心理学で使われるコンプレックスは、劣等感のようなものだけでなく、さまざまな感情の複合体という意味です。この感情体が無意識化に抑圧されている状態で生活が営まれます。これを意識化して、ひとつの自分にまとめあげていく作業を個性化といいます。

例えば、会社で実績を残すために、30代は早起きしてスキルアップを頑張ったとします。その結果、昇進して役職にもつけた。自己肯定感も上がりました。 このときのあなたのコンプレックス(=捨ててきたもの)は、「遅くまでダラダラ寝ているあなた」です。この怠け者の自分に焦点を当てて、頑張ってやってきた自分の中に統合していくこと、これが個性化です。

え?そんな怠け者の自分って必要ないのでは?と思うかもしれませんね。けれど、この怠け者の自分もまぎれもないあなたです。そのあなたを、自分の中に拾い上げてやらないと、本当の幸福とはいえないかもしれません。

頑張った自分と怠け者の自分の両方にスポットライトを与える。つまり、コンプレックスは治すものではないのです。 あなたの中に統合していくものであり、それは人生を歩んでくると、中年期以降、自然と立ち現れてくるものです。特に50代以降、あなたは自分のコンプレックスをより強く感じるようになるでしょう。

人生の後半とは昔は40歳くらいでしたが、人生100年になった現在は50代以降と考えてもいいでしょう。まさに、このライフシフトの時期です。

■アイデンティティの視点からみると…

E.H.エリクソンが提唱した人間の社会的心理発達モデルによると、青年期のメインテーマとして、

  • (社会的)アイデンティティの形成

というものがあります。思春期を終わる頃、人は自分の生き方を形成して社会へ出ていくということです。これがアイデンティティの形成です。

しかし、このアイデンティティの形成については、思春期だけで完了するものでないことが分かってきています。そこで現れてくるのが、

  • 中年期のアイデンティティの再確立 です。

中年期というのは、子育てに注力する時期で、「世話をする」という資質(ジェネラティビティ)を発達させる時期です。そのような大切な時期なのですが、この時期に、再びアイデンティティに向かい合わないといけなくなります。だから、中年期というのは大変な時期なのです。年齢でいうと、40代~50代にかけてです。

ですから、この中年期後期の50代以降に、大きなライフシフトが生じるというのは中年期研究でも明らかになっています(*2)。

またアイデンティティについては、3つの時期があるという説もあります(*3)。これを「アイデンティティのラセン式発達モデル」といいます。

  • アイデンティティの確立(青年期:10代~20代)
  • アイデンティティの再確立(中年期~中年期後期:40代~50代)
  • アイデンティティの再々確立(現役引退~老年期:60代以降)

老年期にあるとされる3番目の「アイデンティティの再々確立」ですが、現役引退期の短期間に成されるものなので、2番目の中年期のアイデンティティの再確立の延長として捉えてもいいものではないかと思います。

■生涯現役とは、引き算を生きること

生涯現役とは、どういう意味かご存じですか?60代、70代になっても、ずっと仕事で稼いでいくこと―確かにそうですが、私は、ちょっと違った意味として捉えています。次のようなツイートをしています。

生涯現役は「ずっと仕事で成長していくという意味ではない」と思っています。50代からは引き算の年代に入っていくので、40代までのイケイケドンドンの成長イメージとは違ってきます。そこを勘違いすると「老害」と煙たがられます。生涯現役には、引き算としての成長という難しいチャレンジが待ってる。

50代後半にもなると、役職から外され、給与も減って、常勤から非常勤に格下げされ…。定年後に待っている待遇です。これは40代までの右肩あがりの成長イメージとは正反対なものです。これまでとは「層」がまったく違うのです。これを成長と捉える人も少ないかもしれませんね。

しかし、この引き算の待遇を成長と捉えて生きていくことーこれが生涯現役ということだと思っています。そしてこの生涯現役の入り口が50代なのです。さて、では引き算の成長とは何でしょうか?

◇引き算としての成長とは?

だいたい成長という言葉には、上へあがっていくようなイメージがあります。しかし人として生きている以上、いつか階段を下りていかなければなりません。引退とは、

  • これまで背負ってきた重荷を降ろす
  • 会社(実績)からの引退
  • これまでの人間関係の整理
  • いろいろやってきた趣味の整理
  • 一番最後にやってくるのは人生からの引退

これらの様々な引退をいつするか、どうやって整理していくか等の見極めが難しい。

片づけという意味合いで、断捨離という言葉がありますね。この50代からの引き算として成長とは、まさに、人生の断捨離とも言えるものです。「どう引退していくか」の見極めをしていくことなのです。先に紹介したLIFE SHIFTの波乗りイメージとはずいぶんとかけ離れていますね。

ただ重荷をおろしていくことはパワーを必要とします。降ろすにはいったんしゃがんで尻もちをつかなければならないからです。登山の重いリュックサックを降ろす感じです。降ろすときもチカラが必要です。適当に降ろすと腰を悪くしてしまいます。そのチカラさえ出ない人もいるでしょう。結果、ずっと重荷を背負い続ける。降ろしたいのに降ろせない。このジレンマの中で、だんだんと生きる限界を感じたりします。

例えば、株の取引きで言えば、いつ株を買うか、売るか、そこに神経を集中させます。同じように、引退をどのように進めていくのかが、生涯現役のかじ取りでは難しいといえます。これはどんどんとエネルギー(資金)を投入して成長しているだけのときと比べると、格段に難しい技術と言ってもいいかもしれません。繰り返しになりますが、適当にやると腰を痛めます。

その引き算のポイントは「忘却」ということ。

■そして誰も思い出さなくなった

引き算をどう生きるのか?そのポイントは「忘却」です。

10年後、誰も私のことを思い出さなくなり、20年後、誰も私のことを知らなくなる。そんなふうに思うと、少しは気楽に生きられますね。やはり「痕跡を残さずにここから消滅」が一番楽な選択だと思います。そうなってくると、お墓とか不要になり、どうするかなーと墓のことを考える年齢になりました(笑)。

私のツイートです。この世の中に何か自分の痕跡があると、それは囚われとなってなかなか成仏できないのでは?と考えるようになりました。死ぬときは、誰からも忘れ去られることーこれが一番あと腐れないのではないでしょうか。

自分のことを言うと、心理職はあと10年は続ける予定でいます。10年後からは、だんだんと皆さんの記憶から消えていきたいと思っています。ですから、それまではいろいろと発信してみますが、それ以降は、発信を停止、あるいは消して行こうと思っています。私の発信したものなどは、誰かが同じようなことを発信してくれるわけですから、全然問題ありません。心配無用でしょう。

つまり自分を忘れてもらうこと。これが引き算を生きるためのポイントと言えます。忘れてもらってないと、こちらのほうで色々と期待してしまうことも出てきてしまいます。それは執着そのものです。ですから引き算とは執着を捨てていくという、当たり前の結論になりました(笑)。

■まとめ

50代くらいからは、積み上げてきた結果を、服に付いたチリを落とすように、落としていく。このライフシフトは、引き算の成長をしていることにもなります。どんどん人生の断捨離をして、自分を人々の記憶から消していく。そのスタートが50代と言えます。

このライフシフトは、人生のパラダイムシフトとも言える大きな変革のスタートです。こうやって中年期にはさまざまなことが起きます。思春期の比ではありません。関連記事もご覧ください。

中年期は、こころの底では何かが大きく動いているようです。

■ぶらり、宵まち、さんぽ道(番外編)

アップルの故ジョブズは、自分が産みだしたiPhoneを子どもたちに使わせなかったといいます。スマホというデバイスによって奪われるものを知り尽くしていたからだと言われています。しかし、今回の話から妄想すると、彼も50代にして、自分の人生・業績を降りていっていたのではないでしょうか。

ジョブズのこころの内を知ることはできませんが、自分の業績を忘れる第一段階として、子どもたちに自分の分身とも言えるiPhoneを禁止したのでは?と考えるのは、きっと行き過ぎでしょうね(笑)。ただ、「結果」のもつ限界性は十分に感じていたのではないでしょうか。

◇50代はライフスキルに焦点があたる時期

認知脳は人のこころを曇らせる方向に動きがち。ほっとくとすぐこうしなきゃと考えだしてしまう。この認知が、こころの奥のほうの安らぎを見えなくさせています。ここが晴れれば楽園が見えるのに。人の思考は残念です。晴れた瞬間に、一瞬垣間見えるリラックスを意識するのがコツ。すぐに曇ってもいいから。

こんなツイートと動画を撮っています。認知の脳というものがないと、人類の進歩もありません。ですからYouTubeでは「必要悪」という言い方をしています。しかし、この認知の脳の働きを弱めていくのが50代以降であると、考えてもいいかもしれません。認知の働きを弱めてどうするのか?それはライフスキルの働きを強めていくのです。

50代からの引き算の人生こそ、ライフスキルを磨いていく時期であると考えてみてはいかがでしょうか。それによって成功(結果)にしばられない自由な世界を歩いている自分に気がつくでしょう。

番外編、ちょっとみちくさをしすぎてしまいました。ライフスキルについては下記をご覧ください。

Reference

(*1)リンダ グラットン, LIFE SHIFT(ライフ・シフト), 東洋経済新報社, 2016
(*2)ダニエル レビンソン, ライフサイクルの心理学, 講談社学術文庫, 1992
(*3)岡本裕子監修, 「中年危機」の心理学, ニュートン8月号, ニュートンプレス, 2021

50代に不安と焦りを感じている場合は、ソレア心理カウンセリングセンター(埼玉県)へ 相談する

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