・愛着は虐待問題に深くかかわっていると聞くが、何が原因か?
・虐待する親にどんな支援があるのだろう?
そんな疑問を持って生きているあなたに、何かのヒントになればと思い、記事にしました。この記事のポイントは、
- 愛着が形成されない5つの原因(前半)
- その5つの原因の問題点と虐待する親への支援方法(後半)
※この記事は、精神科医・高橋和巳先生の児童虐待の研修で使うガイドブック(*1)を中心にして、高間が臨床で得た知見を若干追加しながらまとめたものです。詳細を知りたい方は、高橋先生の専門家を対象にした研修へご参加ください。申し込みはこちらです。
動画のサムネールやトークの中では、原因は4つと言っていますが、現在は5つに改訂しています。今後も増える可能性があります。最新の記事をご覧ください。
■愛着が形成されない原因5つ
虐待とは、母子(親子)関係において愛着が形成されていないことです。ここで母子関係に限定しているのは、愛着理論によると、子どもは【たった一人の養育者と愛着関係を結ぶため(*2)です】。子どもは接触時間が長かったり、接触回数が多いほうを養育者と認識するため、たいていの場合、それは母親になります。ですから母子間の愛着形成が重要になるのです。
しかしこの愛着理論の研究はもう50年以上も前のものですので、少し古くなっています。実際に子育てすると分かりますが、愛着形成は父親もかなり重要な役割をしているという指摘もあり、この愛着理論の適応ももっと考慮すべきポイントがありそうです。ただ、2020年現在は、主流である【母親との愛着】に絞って考えてみたいと思います。
では、どんな場合に愛着が形成されないのでしょうか。
- ①母親が軽度知的能力障害(⇒多数)
- ②母親が統合失調症(あるいは類似疾患)(⇒少数)
- ③母親に被虐体験がある(⇒少数)
- ④母親が思春期心性で社会的ネグレクトがある(⇒まれ)
- ⑤2歳までの間に養育者が変わっている(⇒まれ)
※④と⑤については高橋先生のガイドブックにはありません。臨床現場では、①~③に入らない人もまれに出てきます。思春期心性の母親という人は、そんなに珍しくありません。世の中では【毒親】という名前で呼ばれているジャンルに属する人です。
その毒親には、愛着がある場合と、愛着がない場合があります。愛着はあるように見えるけれど、それが虐待につながっているケースはまれですが、それをまとめたものが④です。また⑤についても、これからの研究が待たれます。
■①軽度知的能力障害の問題(⇒多数)
軽度知的能力障害とはIQでいうと、50~70くらいをいいます。しかし虐待という視点でみると、境界知能(IQ:70~85)も含まれるでしょう。
境界知能の母親からの虐待は激しくなる傾向があります。IQ70程度だとネグレクト中心の虐待になる傾向があります。これは知能のレベルで行動や適応様式が異なるところから、虐待の種類の差があります。
ここで注意してほしいのは、WAISのような知能検査の数値をそのまま鵜呑みにしないでほしいということです。たしかにIQを計るのは知能検査ですが、検査を取るときの状態もありますし、育ってきた環境が劣悪だった場合、期待できる数値以下になることは、当然あり得るからです。
ですから、知能検査は絶対的な判断というより、1つの判断として用いるのが良さそうです。【社会適応度】を総合的に判断するには、相手の話ぶりや内容の組織化などのチェックが必要です。これをできるのは、こちらが言葉をさしはさまずに【傾聴】していく以外、方法はありません。ただ、Vineland-II(適応行動尺度)などは、かなり使えそうです。この心理検査については、別記事で書きたいと思います。
- 話ぶり:例えば、追い詰められている感じで話しているとき、それが妥当かどうか。「その感じはもっともだ」と納得できる出来事なのかどうか。
- 話の内容の組織化:出来事と感情を適度に織り交ぜながら、自分の生きてきた道について話しができている。
◇軽度知的能力障害の何が問題なのか?
子どもの気持ちを理解する能力は、単純な学力という数値では計れない、かなり高度な知的能力が必要です。しかし知的能力障害は脳の障害で、そこは改善することはありません。この疾患がもたらすものとして、
- 愛着が形成されない
- 助言が効かない
などがあります。虐待している行動を反省するかというと、表面的にはそのように見える行動をとるかもしれませんが、本心からのものではないので虐待がなくなることはありません。ということは、親から分離した子どもを再度家庭に戻して家族再統合を計ろうとしても、好転するかというと、それはムリだと考えるべきでしょう。すると、軽度知的障害の親の場合、支援者が取るべき方法としては、
- 親を褒めて、子育て環境の支援。助言はNG。
- ある程度の虐待は見逃す。
- 見逃す代わりに、子どもに対して分厚い支援をする⇒安全な場の提供
虐待をなくすことはできないので、親の気分を良くしておくことです。そして程度の軽い虐待であれば見逃してあげることです。親も脳の器質の問題があって、それで一生懸命にやっているわけですから、それを認めてあげるということですね。
しかしそれは、虐待をなくすというスローガンから遠ざかっていると思う支援者もいるかもしれません。そうではなく、そのくらい器をもって支援に当たることです。虐待問題の解決は、正義だけを振りかざしていては終わりにできません。【親の軽い虐待を見逃す代わりに、子どもが学校に来たら、分厚い支援をすればいいだけ】です。子どもに安全な場所を提供すればいいのです。子どもがそのことを理解すれば、彼らは孤独ではなくなります。
◇虐待でないケースを正しく見分ける
ここで愛着が形成されている場合、形成されていない場合の、行動の違いをおさらいしておきます。下記は、関連記事から心理的虐待について抜粋したものです。
心理的虐待の判定は難しいです。
例えば、自分の母と同じように子どもに切れていることが分かっている人は、心理的虐待ではありません。その人は、なんとかその蟻地獄から抜け出そうと必死です。必死だけれども、勝手に口から子どもを批判し、否定する言葉が出てきてしまうのです。
しかし、このような人は、子どもとの愛着がつながっているので、【子どもが熱を出しそうなときは、その気配をいち早く察します】。
これができるということは、愛着関係が成立しているということですので、心理的虐待ではないのです。虐待をしている人は、この気配など察知することができないのです。
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■②統合失調症(あるいは類似疾患)の問題(⇒少数)
統合失調症は脳機能の障害です。遺伝子に統合失調症になるプログラムがあらかじめ組み込まれている人々がいます。そんな人が生活の中でストレスがかかって、それが一定値(個人によって違う)を超えるとスイッチがオンします。だいたい20歳頃が好発期と言われており、これは社会に出る年齢だからです。社会に出るという極大のストレスがかかるからです。統合失調症による虐待は少ないとされています。
統合失調症には急性期と陰性期があります。急性期には幻覚・妄想が噴き出し、精神的な混乱が生じて暴言や暴力に至り、子どもに対して身体的虐待が行われる可能性があります。陰性期には慢性的な能力低下によって何もできなくなり、多くの場合、ネグレクトとして現れます。養育放棄ですね。これは「そういう場合がある」ということで、それほど重くない病状によっては虐待につながらないケースもあります。
類似疾患としてあげられるのは、統合失調症スペクトラムの疾患群です。つまり、
- 妄想性パーソナリティ障害
- スキゾイドパーソナリティ障害
- 統合失調型パーソナリティ障害
統合失調症は服薬治療が第一選択肢になります。同時に配偶者や家族に働きかけて、子育てしやすいような環境調整を行います。これによって子どもへの虐待行為が収まっていくでしょう。
■③被虐体験の問題(⇒少数)
母親自身が虐待を受けて育った場合、その子育ては非常にきびしいものになる可能性があります。なぜなら、こころの傷の後遺症によって、自分の子どもとの愛着はあるのに、【愛着を否認する】(認めない)傾向があるからです。ここが一番の問題点です。周囲には、心理的虐待をしているように見えてしまいます。
虐待する親との違いは、「自分が子どもを虐待してしまいそう」と怯えていることです。それで自分から児童相談所へ電話をかけてきたりします。また、子どもがまだ熱を出していないのに、子どもが熱を出しそうな気配をいち早く察したりできます。これは愛着が成立しているから、そのようなことができるのです。
虐待を受けた体験はこころに深い傷を作ります。解離性障害を起こして、記憶のない中で子どもを虐待していたという事例も少なくありません。また、暴発的な暴力行為をすることはありますが、継続的に暴力を行使し続けることはありません。適切な助言により母親のこころの傷は癒されていくでしょう。つまり、支援としては、
- 母親の継続的なカウンセリング(愛着障害のカウンセリング)
- 母親がモデリングできるように、母親の行動を逐一検討する。
これには、母親ノートやマジックミラールームからのリアルタイムな助言などを含みますが、これが「指摘」にならないよう、母親にとって安全な人間関係をキープしながらになります。
これが難しい場合は、上記のカウンセリングだけにしましょう。
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■④母親が思春期心性で社会的ネグレクトがある(⇒まれ)
母親が思春期心性というのは、臨床現場ではそんなに珍しいものではありません。ここでいう思春期心性とは、学童期心性も含んでいます。年齢は大人なのにこころが10代くらい(学童期~思春期)の人々です。高橋先生の定義では【成人学童期】の人々です。これについては、関連記事を書いています。
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世の中で【毒親】と呼ばれる人々の中にも、この思春期心性の人は多く存在しています。通常、これらの人々は、子どもと愛着形成はできるのです。虐待につながることはありません。しかし、その中でも、社会的ネグレクトにつながっているケースが、まれにですが、あるのです。
◇【思春期心性+社会的ネグレクト】につながる原因
では、どういうことが原因になって、社会的ネグレクトへつながっていくのでしょう。それは全てとはいえませんが、
- 夫も思春期心性の場合
- 夫が異邦人の場合
つまり思春期心性の母親がいて、そこに夫あるいは夫の家族環境が大きく影響してくる場合と考えていいでしょう。そんなとき、母親は、その環境に乗っ取られたように(呪いのように)社会的ネグレクトを繰り返すようになります。そしてやっかいなことに、自分が乗っ取られているとは、自分で気がつくことがないのです。気がつけば社会的ネグレクトは止まりますが、なかなか難しいようです。
支援の方法としては、①軽度知的能力障害とほぼ同じです。
- 親を褒めて、子育て環境の支援。助言はNG。
- ある程度の心理的虐待は見逃す。
- 見逃す代わりに、子どもに対して分厚い支援をする⇒安全な場の提供
■⑤2歳までの間に養育者が変わっている(⇒まれ)
世界的な精神疾患の分類と診断の基準であるDSM-5によると、次のような【不十分な養育環境におかれた】場合、愛着障害が発症する可能性があるとされています。いずれも愛着形成の機会を制限された状態です。
- 主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)
- 普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設など)
乳児期(2歳くらいまで)において養育者が変更される、あるいは一定していない場合は、子どもにとっては愛着形成が十分に行われないのです。例えば、乳飲み子の頃、全面的に祖母が養育してくれていたとか(養育者は、母と祖母)、親の養育能力のなさで養護施設などに入ることになったりした場合です。中心となる養育者との薄い愛着はできるかもしれませんが、一定の養育者ではない不安定な養育環境によって、子どもの愛着形成も不十分になります。被虐待者(子どもや成人)への支援方法としては、
- 被虐待者(成人)に子どもがいれば、子どもとの間に安心感を形成
- 上記でない場合、安全な場所を提供して、そこで支援者との間で愛着を形成
養育者側への支援方法としては、
- 親密な養育を行えるように助言
- 親密な養育を行えるよう、養育者側の環境を整える
■まとめ
愛着が形成されない原因は5つあって、
- ①母親が軽度知的能力障害(⇒多数)
- ②母親が統合失調症(あるいは類似疾患)(⇒少数)
- ③母親に被虐体験がある(⇒少数)
- ④母親が思春期心性で社会的ネグレクトがある(⇒まれ)
- ⑤2歳までの間に養育者が変わっている(⇒まれ)
それぞれの親側の問題点は、
- ①子どもの気持ちを理解する能力が足らない。
- ②急性期の身体的虐待と陰性期のネグレクト
- ③解離による暴発的な暴力行動
- ④思春期心性という状態に、環境の影響で社会的ネグレクトが繰り返される
- ⑤親密な養育を行ってもらう
虐待する親をどのように支援していけばいいのかは、
- ①助言が通らないので、親を褒めて、子育て環境の支援。ある程度の虐待は見逃すこと。
- ②服薬治療と子育て環境の支援。
- ③適切な助言と継続的な愛着カウンセリング。
- ④助言は効かないので、親を褒めて、子育て環境の支援。ある程度の虐待は見逃すこと。
- ⑤親密な養育を行えるよう、養育者側の環境を整える
※児童虐待について10本の記事をまとめたものを書いています。そちらから各関連記事に飛んでいただくと網羅的にゼロから理解していただけます。
▼虐待について【まとめ記事】
虐待されてきた人々がゼロから生きるために知っておくべき10ステップ【まとめ】
残念ですが、虐待はなくなりません。私たちにできることは、
- 虐待されている人々をいかに救い出して、いかに回復させるか です。
Reference:
(*1)高橋和巳:児童虐待防止 支援者のためのガイドブック(改訂第2版), 2017
(*2)John Bowlby: 母子関係の理論, 岩崎学術出版社, 1991(英語版は1969年出版)
親との関係が不調と思う人、自分が子どもを虐待しそうと思う人は、ソレア心理カウンセリングセンター(埼玉県)へ