人前で話すこととトラウマの癒し(愛着障害)

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人の前で話すことの治療的効果を説明します。

朝日新聞の夕刊に隔離の記憶という連載が始まっています(2011年1月下旬)。その1回目にハンセン病(らい病)を患った方への差別、人権侵害の話が載っています。ある女性が、裁判で一番つらかったことを語っています。

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裁判ではもっとも言いたくない被害を証言した。それは断種。ハンセン病の施設の男女が結婚する際、子どもができないよう精管を切る手術が求められた時期があった。この被害を語らずしてハンセン病だったものたちの苦しみや憤りが伝わるものか。裁判に勝つためには「一番言いたくない被害を言うしかないよ、お父ちゃん」と、いやがる夫を説得した。
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トラウマを受けている人は、なかなか一番大きなトラウマのことを言い出せません。言い出せないというより、そのようなトラウマがあったことさえ忘れている場合も少なくありません。しかし、カウンセリングが進んでいくにしたがって、その核心部分のトラウマを思い出してくるのです。そしてそのトラウマを語り出すのです。

ここまで来れば、トラウマ治療の半分は終わっているようなものですが、ここで核心を話すという重労働をどうやって進めていくか、ということで、1つの有効な方法として、自分の気持ちをわかってくれる仲間たちの前で、そのトラウマを話すというやり方があります。いわゆる特定メンバーによるグループセッションです。

それは、このハンセン病の女性の言う、裁判所の中で、皆が聞いている中で、一番言いたくない被害(トラウマ)を話すということと同じことなのです。どうしてこのことがいい結果を導くのかを考えてみます。

まずこの裁判の場合、傍聴席の大部分はハンセン病裁判の支援団体の人々ということです。被告の国を擁護する人々や裁判官の数などたかがしれています。この裁判はハンセン病を支援する人々で埋め尽くされているという環境がまずあるのです。ここが重要です。ハンセン病の人にとっては「私たちに共感してくれる安全な環境である」ということです。

次にその安全な環境の中で自分の一番の被害を語りだします。トラウマを語るわけなので、この裁判を進めること自体がトラウマになるのですが、実はそれだけではないのです。トラウマを話しているのですが、皆の前で勇気を出して主張している自分、積極的な自分がいるのです。この体験によって、そのトラウマを思い出すたびに勇気のある現在の自分も一緒に思い出すようになります。そしてそれを語るたびにその勇気は増幅されていきます。自分にコントロール感が戻ってきます。

裁判の場合、被告が国なので、相手にとって不足はありません。強大な相手を前に勇気を振り絞っているわけなので、この効果はかなりのものがあります。この裁判はハンセン病の方々の勝訴で終わるのですが、たとえ敗訴したとしても、このトラウマは解消されていったでしょう。

これは裁判によってトラウマがどのように癒されるか、書き換わるかを端的に示した例ですが、トラウマ治療のグループセッションでも同じことが起こっています。

精神科医の斉藤学は、グループの中で語る効用を「(恥の)上塗り」効果と呼んでいます。

どうして上塗りかと言うと、過去のトラウマを話すことで、過去のトラウマという外傷に、今話しているというトラウマを塗りつけているからです。トラウマの上にトラウマを塗りつけているので上塗りです。

トラウマを語るということは、実はそれだけで「もうひとつのトラウマ」を作っている行為なのです。しかしこのもうひとつのトラウマは普通のトラウマではありません。それを語る人に勇気を運んできてくれるトラウマ=肯定的なトラウマなのです。この肯定的なトラウマによって過去のトラウマの記憶が修正されていくのです。

グループという場所は、お互いを守ろうとする好意的聴衆が居る場です。大衆の場で話すこと自体、とても緊張します。しかしこの仲間たちを信頼して話すのです。信頼することはとても怖いことですが、意を決して話すことを選択することでその恐怖がまず乗り越えられる。この信頼感の中で話せたことがいい方向へ作用します。なぜなら、トラウマが思い浮かぶたびに、それについて信頼するみんなの前で話した記憶も同時によみがえるからです。例えばフラッシュバックが起きるとき、その光景の背後にみんなの顔が浮かんでいるのです。過去のトラウマの記憶の中ではあなたは無力ですが、それをみんなの前で語っているあなたには信頼感に裏打ちされた勇気がみなぎっている。無力な自分の中に、勇気ある自分がひょっこり顔を出すのです。

このような体験を重ねていくことで無力な自分しか居なかった古い過去のトラウマが、新しい勇気をもった自分がそこに居るトラウマとして、記憶が書き換わるのです。そして過去のトラウマは、あなたの中のたくさんの記憶のひとつにすぎなくなるのです。こうして普通の記憶に戻ったトラウマはあなたをしばることは二度とできなくなります。ここであなたはトラウマから解放されるのです。

参考図書:「家族神話」があなたをしばる(斉藤学)

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