・自分は本当に虐待されたのか?
・親があんなふうに自分を扱ったのは、自分が悪かったからではないのか?
・4つの虐待、性的虐待、身体的虐待、心理的虐待、育児放棄された覚えはないが、どこかでずっと生きづらい、自分が存在していていいと確信が持てない。
こんな悩みをお持ちの方、あなたは5番目の虐待【社会的ネグレクト】で苦しむ人なのかもしれません。
実は、5番目の虐待【社会的ネグレクト】で苦しむ人は大勢います。この記事では、このなかなか見つけにくい「社会的ネグレクト」に焦点を当てます。臨床家によっては、心理的ネグレクトなどの用語を使うこともありますが、DSM-5 (*1)で定義された Social Neglect (社会的ネグレクト)が現在は一般的です。
そのような社会的ネグレクトを受けた被虐者にはどのように対応していったらいいのか、3つのコツを紹介します。それは、
- 状況を正しく理解して、虐待されていたことを納得すること
- 虐待としてのカウンセリングを始めること
- そのためには、5番目の虐待【社会的ネグレクト】を理解しているカウンセラーを探すこと
※この記事は、精神科医・高橋和巳先生の児童虐待の研修で使うガイドブック(*2)を中心にして、高間が臨床で得た知見を若干追加しながらまとめたものです。詳細を知りたい方は、高橋先生の専門家を対象にした研修へご参加ください。申し込みはこちらです。
■社会的ネグレクトと他の虐待
この記事の対象としている方は、虐待を受けたという正当な理由がないということで、虐待を受けたことを確信できない人々です。ちゃんと確信できないと治療が暗礁に乗り上げることがあります。ちゃんと確信できないということは、カウンセラーがその確信を相談者に的確に提示できていないということで、カウンセラーの責任になります。
なぜ、カウンセラーが提示できないのか?それは次の3つの理由が大きいでしょう。理由のあとに、カウンセラーがするべき対応を(⇒)で示しました。参考にしてください。最低5年は私の経験値です。人によってはもっと短くてすむこともあるでしょうし、もっとかかる人もいるでしょう。
- 愛着障害(あるいは複雑性PTSD)についてよく知らない(⇒長期の研修を受けること。最低5年)
- 愛着障害の臨床経験が浅い(⇒臨床経験を重ねること。最低5年)
- 社会的ネグレクトと普通の対応の判別がつきにくい(⇒物事を愛着の視点から見ることができるようになること)
虐待というと、性的、身体的、心理的、ネグレクト(養育放棄)の4つがメジャーです。ある意味、この4つは分かりやすい虐待に入ります。カウンセラーも相談者の方に、虐待ということを分かりやすく提示でき、相談者も受け入れやすいでしょう。
相談者にとっては、それは親に対する評価も分かりやすいものになります。親を諦めやすい状態になっています。親を諦めるのは、親へのファンタジーが壊れないと難しいですが、この4つの虐待は分かりやすいので、虐待を受けたと納得しやすいのです。
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■5番目の虐待という新しい概念
4つの虐待とは別に分かりにくい虐待があります。この4つの虐待よりもっと広範に広がっているもの、一番多い虐待です。それは、社会的ネグレクト (Social Neglect) といい、DSM-5で登場した概念です。
心的外傷およびストレス因関連障害群の313.89 (F94.1)および313.89 (F94.2)に記載されています。DSMに記載されたということは、この社会的ネグレクトは、精神疾患の位置付けが決定したということです。やっと世に出たという感じです。しかし、よく世に出してくれたという代物です。
これとは違って虐待の他の4つは精神疾患の中には登場しておらず「臨床的関与の対象となることのある他の状態」というカテゴリーに押し込まれています。私見では、他の4つの虐待も313.89の中に入るべきと思っていますが、今後の改訂ではどうなるでしょうか。
この社会的ネグレクトという虐待は、他の4つの虐待にも必ず含まれます。他の4つの虐待が存在するなら、社会的ネグレクトは【必ず】行われているのです。
◇どんなとき社会的ネグレクトになるのか?
DSM-5によると次の場合、不十分な養育状況であるとしています。そして①の場合を社会的ネグレクトとしています。
- ①安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落している(⇒養育者が子どもと情緒の交流ができない場合です)
- ②安定した愛着形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)(⇒2歳までの間に養育者がクルクルと変わった場合です)
- ③選択的愛着を形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)(⇒養護施設などの、複数の子どもを1人の指導員・保育士などが見ている場合)
ただ、これらは不十分な養育状況なので、この①~③を(広い意味での)社会的ネグレクトと言ってもいいでしょう。
ただ、②、③の場合は、その社会的ネグレクトが「やむを得ない」事情であった場合は、安定した愛着パターン(Bタイプ)を作る可能性も十分にあります。しかしその場合も、Bパターンではあるが、どことなくドライな愛着パターンだったりします。
実際、②の養育者の変更の例は、臨床現場では少なくありません。例えば、下記のような場合です。
- 0歳の頃は祖母に育てられていて、1歳以降に実母が養育者になった
実母に養育者が変更されたから良かったというわけではありません。実母の養育能力が十分ではない場合は、養育者の変更というマイナス以外にも、不十分な愛着関係というマイナスが可算され、結局、虐待とはいえないが、それに近い状況だったということは少なくないのです。
■社会的ネグレクトが虐待の正当な理由になるために
社会的ネグレクトとは、養育者との情緒交流が切れている状態です。この表現は漠然としていると感じる人もいらっしゃるかもしれません。相談者の語りが、親との情緒交流が切れている話かどうか、査定しながら漏らさず聴いていく技術が必要とされます。つまり、まずは傾聴ということですね。
そして、それが社会的ネグレクトなら、それを分かりやすい形で相談者に伝えること。これができて初めて相談者は、自分が虐待を生きてきたのだと納得できるのです。それを虐待の正当な理由と受け止めることができるのです。
そのためにはカウンセラーが、社会的ネグレクトとは何かということに習熟している必要があります。そして、社会的ネグレクトであることを、押し付けにならないように何度も、何度も伝えていくことです。地道な作業になりますが、それによって相談者は、自分の過去を正しく理解して、未来が開かれていくでしょう。
■虐待を受けたという確信
【社会的ネグレクト】を受けた人にとっては、虐待を受けたということを理解することはつらい体験になりますが、その確信があれば、それとともに、その後の人生を軽やかに生きていくことができます。私は、そうやって相談者がカウンセリングを終えていく現場に何度も立ち会っています。
その確信がないと、自分の人生や輪郭がいつまでたっても曖昧な状態で、心身の不調は続くでしょう。ほっておくと、回復力まで奪いかねません。人間嫌いが加速して、【恐れ・回避型】の愛着スタイルに陥っていく可能性があります。
愛着スタイルについては関連記事を参考にしてください。
▼関連記事
【事実!】愛着の4パターンを詳細検討。結論:【虐待】は連鎖しない
■虐待(愛着障害)から回復するための3つのコツ
虐待を受けて育った人は必ず愛着障害を持っています。その回復には、
- 状況を正しく理解して、虐待されていたことを納得すること(愛着の理解)
- 虐待としてのカウンセリングを始めること(愛着の回復)
この2つをやっていくことです。これは社会的ネグレクトを受けた人に限りません。共通に必要なアプローチです。このどちらが欠けてもうまくいきません。愛愛着の理解は、とても大事な作業なのです。見立てを相談者に納得してもらうこと。この重要性は、高橋先生も研修でよく話されます。カウンセラーはちゃんと、相談者が虐待されたことを見立てないといけないのです。
社会的ネグレクトは、親が境界知能であるケースが多いです。しかし、境界知能は軽度知的能力障害よりも分かりにくいものです。IQでいうと70~85くらいまでの領域。この境界知能の人々の社会適応度をよくカウンセラーが理解していないと、境界知能とは見立てることができませんし、それを相談者へ伝えられません。
IQという数値で指摘してもスッとは入ってきません。親が変だったねとちゃんと納得できないと入ってきません。そのためには、相談者の話を傾聴し続け、親の考え方や行動について、それは境界知能だねと正しく指摘できることです。つまり親が社会適応できていないところを見つけていくこと。これは、
- 勉強と経験を重ねていかないと分かりません(愛着の研修)
これが3つ目のコツです。3つ目はカウンセラーとしてのコツですが、相談者自身が愛着の研修を受けることも効果的に働くときもあるでしょう。
■心理職としての2つの技術
WAISなどの知能検査が取れると境界知能が分かるかというと、なかなか難しいところがあります。知能検査で、Vineland-II というのがあって社会適応をチェックするテストがあります。これはイケルかもしれません。そういう心理テストに習熟していくことが1つ目の技術です。
2つ目は社会的ネグレクトを受けた人々のケースをたくさん経験すること。それをこころの中にインプットしていくこと。そういう個人的データをたくさんもっていることでしょう。これは先の回復するための3つのコツ「愛着の研修」と同じことですね。
これによって、相談者は虐待だったねと【正当な理由】を明確に提示することができます。ただ、この2つの技術はとても難しい。しっかりと5年やって身につけばいい、くらいのものと思って、取り組んでください。
時間をかけないと理解できないということはあるのですが、そうなると当たり前の結論なので、少し近道はないのかという話をして終えたいと思います。
先に紹介した高橋和巳先生の研修です。この研修で1年学ぶとスタートラインにスムーズにつけるでしょう。人気セミナーなのでお早めにどうぞ。
■まとめ
社会的ネグレクトというものを、多くのケースから学んで知識として自分のものにすること。そしてそれを的確にシンプルに、相談者の体験に沿いながら伝え返していくこと。これによって相談者は自分は虐待されてきたのかと納得できます。この納得感があってこと、愛着障害のカウンセリングは進んでいくことができるのです。
※児童虐待について10本の記事をまとめたものを書いています。そちらから各関連記事に飛んでいただくと網羅的にゼロから理解していただけます。
▼虐待について【まとめ記事】
虐待されてきた人々がゼロから生きるために知っておくべき10ステップ【まとめ】
残念ですが、虐待はなくなりません。私たちにできることは、
- 虐待されている人々をいかに救い出して、いかに回復させるか です。
■Reference
(*1) DMS-5 精神疾患の分類と診断の手引, 医学書院, 2014
(*2)高橋和巳:児童虐待防止 支援者のためのガイドブック(改訂第2版), 2017
親との関係が不調と思う人、自分が子どもを虐待しそうと思う人は、ソレア心理カウンセリングセンター(埼玉県)へ