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ソレア心理カウンセリングセンター

2020.01.22 |愛着(虐待)とトラウマ

【笑いながら怒る竹中直人】怒っているように見えてしまう私★緊張 愛着 虐待 さいたま






怒っていないのに怒っているように見えてしまって、それによって人間関係が発生する場面で困っている人々がいます。これらの人々には心理的にどのようなことが起きているのでしょうか。1つの側面ということでお読みください。





笑いながら怒る竹中直人





役者の竹中直人。かつて変人として名が売れていました。デビューは1980年代初めの頃だったでしょうか。コメディアンとしてのスタートです。そのときの彼の十八番が「笑いながら怒る」という芸です。あの頃は変な芸が色々と出始めた頃でした。火付け役はもちろんタモリです。イグアナ芸、変な芸の系譜は、彼に行きつく。そして彼がその後の芸を引っ張ったのでしょう。





笑いながら怒るというのは、ネガティブな感情とポジティブな感情が同居するということで、竹中の芸の秀逸だったのは、怒りを隠して笑っている(こちらはカウンセリングでよく見る状態ですね)わけでもないところです。同居しそうにないものを同じくらいのレベルで同居させて表現したのです。





これはなかなか難しいです。怒っているけれど最終的に笑いの感情が入ってくるというのは、感情の流れとしては自然ですし、例えば青春ドラマの、喧嘩のシーンがあっても最後は笑い合うというのは、過去よく使われた脚本でした。





笑っているけれど怒るのは、怒りを隠しながら笑っているので、こちらは病的なものに繋がっていきます。カウンセリングで話されるパターンになっていきます。怒れない人々です。

竹中の場合は、目が完全に怒っていて、口が笑っている、この二つが同居している。こちらはシュールですが、病的にはならないのでしょう。サイコパスにも似たような表現が見られますが、サイコパスはニヤッとした背筋の凍るような笑いです。お笑いにはなれません。





彼の場合は、難しい感情の同居を、お笑いという土俵に乗せて表現したところが、新鮮で秀逸だったのです。





怒っているように見えてしまう私





この方は、小さいときからこれで苦労してきたと言います。怒っていないのに、友だちから「あなたはいつも怒っているので近づけない」と言われて、それに悩んできたのです。それは大人になった今でも、時々言われるそうです。





その人としては怒っているつもりは全くないのです。習い性として身についてしまったものなのです。





実はこの人の孫も、同じようなことで小学校で孤立しています。この人とひとつ世代を飛ばして、その孫も社会的な場面で苦戦をしているのです。これはいったい何なのでしょうか。





この怒っているように見えてしまう人々が、すべてそうであるとはいえませんが、このように見える人々の集団の一つには愛着の問題を抱えているということがあります。





この方は被虐児でした。そしてまた孫も被虐児なのです。





被虐児というのは、人間関係の場面において過度の緊張を体験しています。人間関係が作れないというわけでなく、人間関係に超敏感なゆえ、しかし表面的には人垂らしに見えるため、そのアンバランスが周囲の人々には不可解に映るのです。





典型的な被虐児は、超敏感で表面的にも怖がっているので、こうは見えません。だから周囲の人も「あぁそういう人だ」との納得感があります。ですから遠目で見ているだけです。





ですが被虐児の中には、表面的に人垂らしに見える人々がいるのです。精神医学にいうと、脱抑制型対人交流障害といいます。





そのような人は、フランクっぽく見えるので、周囲の人は普通の付き合いを期待します。しかし、根本は人が怖いので、その緊張感が人間関係の場面で構えを作ってしまうのです。そのアンバランスが顔ににじみ出して怒っているように見えてしまうのでしょう。





この人と孫は、怒っているように見えてしまうという点で同じです。この人の実母とこの人の娘(孫の母親)もよく似ていると言います。実母も娘も、知り合いには会わせられないと言います。社会性がないし、何を突然いいだすか分からないし、普通だったら人の前で言えないことまで言い出したりするからです。感情表出が不連続で予測不能な感じです。





実母(MR)------この人(被虐)

この人の娘 (MR)---孫(被虐)





このような関係なので、実母と娘は同じようで、この人と孫も同じようなのです。





この人(被虐)から、この人の娘 (MR)への愛着は成立しています。カウンセリングでそれを確認する話はたくさん出てきます。ですから世代間連鎖はしていないことが分かります。





つまり虐待は世代間連鎖しないのです。連鎖しているように見えるとすれば、それは(MR)の部分が連鎖しているのですが、この人はMRではないので、こちらも連鎖要因から落ちます。





MRとは軽度知的障害~境界知能域の人々です。IQでいうと50~85くらいまで。大学は出ることができますが、社会的な適応能力が追いついていない人々です。特に分かりづらいのは境界知能域です。





Vineland-II という社会的適応能力を調べる知能テストがありますが、これで測定すると適応能力がどのへんのレベルなのかが、より詳しく分かります。それが分かれは教育(療育)プログラムを立てやすくなります。適応を知るという目的としては、通常のウェクスラー知能テストよりも優れています。このテストを行わなくても、社会性の能力は傾聴している中で判断がつきますが、かなりのカウンセリングの経験年数が必要でしょう。





境界知能についてはなかなか適切な書籍もなく、ネット上の情報もほぼありませんから、つい見落としてしまうのでしょう。境界知能も発達の障害ですが、発達障害というと、自閉・多動・学習障害という部分にスポットが当たりすぎていて隠されてしまっている感がありますね。





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