この期間は、母子一体となっている時期です。
この時期をイギリスの小児精神科医ウィニコットは、原初の母性的没頭と表現しています。母親は、他のことに目もくれずに24時間子どもの世話に没頭します。そうしないと子どものほうも生き延びることができません。また、生まれてきた子どもも自分が母親と別の生き物であることに気がついていません。つまり胎生期と同じ気持ちを引きずって生きているわけです。
つまり、お腹がすいたら空腹は自動的に満たされる、なんか気に入らないことがあればそれも自動的に緩和するはずだ、と思っています。そういう前提で生きているわけですが、すでに羊水の外に出てしまっており、へその緒は切り離されているわけですので、自動的には環境が調整されたり空腹が満たされたりはしません。そこで、子どもは怒るわけです。大声で抗議するわけです。どうして自分の思い通りにならないかを母親に訴えるわけです。
この時期は子どもは母親のことしか目に入りません。そのため、この思い通りにならない怒りを、母親の乳房にガブッと噛み付くことで表現するのです。同じように夜泣きは、赤ちゃんの怒りなのです。この怒りに対応しきれない感覚が母親のほうに起きてくると子育てがしずらくなってしまいます。
母親のほうは、子どもにおっぱいを与えながら、乳首をチュウチュウと吸われて気持ちよくなって喜びを感じます。この母子関係は、例えば、イギリスの寓話「マザーグース」などに Golden Slumber(ゴールデンスランバー) という言葉で表現されています。
Golden Slumberとは「母子間の至福なるまどろみの時間」という意味です。赤ちゃんはお母さんのおっぱいを吸って満足します。くちびるには乳首の感触があって食欲が満たされた状態です。すやすやとまどろみの中へ入っていける準備が整った状態です。実際、赤ちゃんはおっぱいを吸いながら眠っていきます。お母さんのほうは自分の子どもに乳首を吸われて気持ちよくなっています。愛しい気持ちも湧き上がる瞬間です。赤ちゃんとお母さん双方がまどろみの時間に入っていきます。片方だけでなく、双方がお互いにまどろんでいる状態です。
この新生児期のGolden Slumberの時期をたっぷりと両者が経験することで、次の乳児期に確立される情動的反応(アタッチメント)の基盤が作られるのです。お母さんと赤ちゃんが共にまどろむということは、お母さんにとっても赤ちゃんにとっても、長い人生における貴重な瞬間なのです。
ちなみに、Golden Slumberはビートルズの作品にも同名の歌があり、アビーロードの中に収録されています。とても懐かしい感覚をもたらしてくれる曲です。ここで歌われる home(おうち)とは、母子間のまどろみそのものではないでしょうか。
Golden Slumbers
まどろみのとき
Once there was a way to get back homeward
むかしむかし、おうちへ帰る道がありました
Once there was a way to get back home
ちゃんとおうちへ帰れるんだよ
Sleep pretty darling do not cry
だから、おねんね坊や、泣かないで
And I will sing a lullaby
子守り唄うたってあげる
Golden slumbers fill your eyes
ほらね、眠くなってきた
Smiles awake you when you rise
目がさめたら、にっこりと起きられる
Sleep pretty darling do not cry
だから、おねんね坊や、泣かないで
And I will sing a lullaby
子守り唄うたってあげる
参考図書:
心理学辞典(有斐閣)
胎児の世界(三木成夫)
カウンセリングに生かす発達理論(遠藤優子)
アセスメントに生かす家族システム論(遠藤優子)
子どもを支えることば(崎尾英子)
Golden Slumbers (Beatles)
愛という勇気(スティーブン・ギリガン)