乳児期(6ヶ月~1歳半)

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この時期は、親から「無条件の愛」を獲得する時期です。

人間は、ともすると本当の自分を隠して偽りの自分を見せながら生きていきます。それは、社会生活をする上では、必要な技術と言ってもいいですが、この偽りの部分が大きくなりすぎて、本当の自分を見せることなく、ほとんど偽りの自分で生きていると、不便なばかりでなく、不安や恐怖を覚えるようになり、薬物や人間関係へ依存したり、それ以外にもさまざまな症状を発症する恐れがあります。嗜癖(アディクション)で治療を受ける方のつまづきは、この時期にあることが多いようです。

また、他人との関係を築く基本ができあがる時期です。他人のしぐさなど、言葉にならない部分から他人が言いたいことを読み取る、いわゆる他人と波長をうまく合わせることができる技術の基本が形成される時期でもあります。

このように、この時期は自我の根幹となる部分ができあがってきます。ここでは、まだ父親は登場してきません。子どもにとって必要なのは母親との関係です。父親は4歳すぎるまで登場してきません。それまでは、父親がいても母親の代理機能を果たしているだけです。それほどまでに、母子の関係というのは重要である、ということでしょう。あいにく、母親がいない家族でも父親やその他の人が母親の役割を果たせばよいのであって、生みの母親が居ないとダメである、ということではありません。あくまでも、子どもとそれを守る「母の機能」が必要なのです。

この乳児期の体験は、人生において二度とありません。けれど、治療の場に登場する人は、この乳児期の体験を渇望する人が少なからずいます。もう一回体験したいよう、という気持ちが溢れ、対人関係にそのような願望を持ち込んで、しかし、現実的にはそういう体験はできるわけではないので、その打ち砕かれた願望によって、相手に対し怒り、そのように振舞う自分を恨み、人生全般において、にっちもさっちもいかない行き詰まりと、なんかムショウに寂しい感じを抱いていたりします。

これを乗り越えていくためにカウンセリングがあるわけです。

この時期から3歳くらいまでは、家族にとって父親は居ないも同然ですので、母子密着になっている妻を横目で見ている夫にとっては、自分と妻との関係が疎遠になっていることを感じることもあるようです。妊娠中から疎遠を感じている場合、特にそういう状態になるようです。そうなると夫にとっては、母子のほうを向くよりも外界へ気持ちが向きます。例えば仕事に向いてワーカホリックになる、女性に向いて不倫へ走る、ギャンブルに向いたりアルコールへ向いたりもします。つまり依存症への道を歩むわけです。家族にとって、第一子の出産から幼児期というのは、こういうリスクの高い時期でもあるわけです

自己愛に問題のある方は、この時期に起源をもつことが多いです。健康的な自己愛とは、無条件の愛情を注がれて始めて育つものです。こころのミルクという考え方があります。比喩的に言うと、ミルクはあげてたけど、飲ませ方が下手くそでちゃんと口に入ってなかった、ミルクの中身が水だった、あるいは毒となる感情が混じっていた、こういうこころのミルクを幼児が与えられていると、機能不全の関係ができあがってきます。実際に水をあげているわけじゃないですよ。本物のミルクでも、幼児のこころの視点からみると水だったり毒だったりする、ということを言っているのです。

乳児側にも問題がないわけではありません。こちら側がちゃんと世話をして正しい方法で飲ませようとしていても、乳児側の問題で拒否する場合もあります。発達障害という社会的なハンデを背負って生まれてきた子どもたちです。さまざまなパターンが絡みあっているわけです、こころのミルクの問題は。

私は、発達障害を個性や創造性のハンデとは見ていません。DSM-5の自閉症の診断基準によると確かに共感や創造性の問題と記載がありますが、彼らに「それらがない」と言い切れるでしょうか。少なくとも、共感については、私と彼らとの間にその回路はつながっていると体感しています。そのため私がハンデという言葉を使う場合、あくまでも社会に出たときに苦労する可能性が大きいという意味で、社会的なハンデと言っています。ウェクスラーという代表的なIQテストの結果によって発達障害と診断されるかもしれませんが、あれは20世紀以降の現代社会に有用な知能は何かという側面から検査しているにすぎません。他の非言語性のIQテストを取れば(レーヴンマトリックステストなど)、健常者よりも高い得点を出す子どもが大勢います。サバン症候群という一連の知能の高い自閉児でなくても、そうなのです。ちなみにレーヴンで色彩を使うものは、日本では高齢者にしか適用されていませんが、アメリカではレーヴン色彩マトリックステストは、子どもと高齢者用として使われています。日本でどうして子ども用に普及していないのかは謎ですが、ここ数年の研究を調べてみると、ぼちぼちと日本でも「子どもへの適用が可能である」と結論を出している論文が出始めています。

話が飛んでしまいましたが、ミルクの問題に戻ります。
では、どうすればいいかというと、母親が子どもにこころのミルクをあげるとき、この子は丈夫に育つという確信をもっているということが大切です。この子はいい子だ、すべていいんだ、All OKなんだ、という感覚です。そのようなストロークを母親が出せる、そして子どもが受け取れるという関係が、こころのミルクの授乳がうまくいっている、ということなのでしょう。

生まれて6ヶ月くらいになると、目と耳も発達してきます。耳は胎内にいるときから訓練されてきていますので、いろいろなものを聞き分けることができるようになってきます。そして母親の目をじっと見つめるようになります。

見つめるという意味ですが、この時期の子どものまなざしは、大人の見つめるとは意味が違います。どう違うのかというと、乳児は、自分が周囲のものからどのような見方をされているのかを確認しているのです。母親のまなざしや仕草をじっと見て、自分がどう扱われているのかを確認しているのです。

相手の目をじっとみると、瞳の上に、自分の姿が見えます。これは鏡に目を近づけて使って実際にやってみてください。自分の瞳の中に自分が見えます。手を振ると瞳の中の自分も手を振ります。しばらくそれをやっていると、「なんだか自分が居るんだなぁ」という気分になって来るかもしれません。鏡を相手にやっているので、この気分によって自分が何かしら影響を受けるということは少ないかもしれませんが、乳児はこれを母親の瞳を使ってやっているのです。自分を守ってくれている母親の瞳の中に、自分の姿を映して確認したり遊んだりすること、この意味は実はとても大きいのです。

微笑みを向けてくれている母親の瞳の中に、自分の姿を見る。これは自分が母親にすっかり包み込まれているという安心感をもたらします。胎児のときは、実際に胎内で母親に包み込まれていたわけですが、こうやって世界へ出てきてからも、子どもは、自分が生きていていいんだ、自分は守られているんだ、自分は愛されるべき存在なんだ、ということを、いろんなところで確認して安心して生きています。その一つが、乳児の見つめる動作の中にあるわけです。

このようにこの時期に、子どもと見つめあうことは、子どもの基本的信頼感を育てるうえでも重要になってきます。

この頃はまだ父親は登場してきませんが、母親代わりをやっているお父さんでもかまわないから、自分の子どもを見つめ返してあげてください。それをやる中で、自分はこの世界に誕生してきてよかったんだ、自分は大切な存在なんだ、という「素朴な確信」を持つことができるのです。

この「素朴な確信」は「健康な自己愛」とも言われます。不健康な自己愛とはナルシシズムですが、健康な自己愛とはセルフラブのことです。

不健康な自己愛は、自分が世界から身を引いて自分の精神世界の中だけに引きこもることです。そこには、自分という概念(アイデンティティ)はただ一つしかありません。もっと取るべき可能性があるのに、それに対して目を伏せて固まっている状態です。

それに対して、健康な自己愛とは、一瞬一瞬の現実の出来事に対して、自分の生命(いのち)を活かし、自分と周囲の世界双方につながっている状態を言います。自分のお腹の底にある中心に現実を沈め、取ることのできる複数の選択肢を見渡し、それを思考できっちりと選択できる状態です。

この健康な自己愛や無条件の愛を持てるようになると、それをベースにして他人に対して共感できる回路が育ってきます。他人に対する共感とは、自分と他人は違うのだという感覚が身につくということです。相手を見つめることで相手を対象化していくわけですが、この乳児期は、先ほどお話したように相手を見ているわけではなく、相手の瞳に映った自分を見ているわけです。相手を見るようになるのは、次の幼児期後半になってからです。
素朴な確信を持つためには、十分に愛されなくてはなりません。だから親は子どもに対して、親ばかになってください。なんでもOKという感覚です。しつけは必要ありません。しっかりと肯定してあげてください。何を言っても、何をやっても、ひとまず、「そうだね、そうだね」と言ってあげてください。親ばかは乳児にとって、大切な栄養の一つです。幼児期になったら親ばかから卒業していけばいいのです。しつけはその頃から始めます。

自分が期待するものが、何も要求しなくても相手から自然とやってくるものだと考えていて、それが返ってこないと悲しんだり怒ったりする人は、ここの乳児期からのつまづきがあるわけです。素朴な確信や無条件の愛を受けて育ってこなかったわけです。自己愛性パーソナリティ障害の方々は、この乳児期あたりからの自我の育てなおしが必要であるというのは、こういう理由によるところもあります。土台から立て直す作業です。だから治療も時間がかかります。

参考図書:
心理学辞典(有斐閣)
胎児の世界(三木成夫)
カウンセリングに生かす発達理論(遠藤優子)
アセスメントに生かす家族システム論(遠藤優子)
子どもを支えることば(崎尾英子)
Golden Slumbers (Beatles)
愛という勇気(スティーブン・ギリガン)

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