出産

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【出産】

こころの発達を考える上では、すべてが大事な時期なのですが、とりわけ出産と幼児期、つまり0歳~4歳くらいまでは特に大事な時期です。これは三歳児神話、三歳頃までは母親の手元で育てないと悪い影響が出る、というのとは全く違います。別に育てられるのは母親でなくてもいいのです。産みの親より育ての親が、その子の一生を左右します。

なぜ大事なのか、それは以下に述べる出生外傷を引きずることも一つの要因です。母体から生まれ出るというのは子どもにとって一つのトラウマです。特に、不可抗力ですが、逆子(さかご)での誕生は、子どもに大きな傷を残します。これらのトラウマを解放するには、親が子どもに安心を与えることです。子どもは出生のトラウマをこころに残します。親はだっこをしてあやして子どもを支えます。このトラウマの記憶と支える記憶が子どもの中で交流を始めることによって、トラウマの記憶はゆっくりと解除されていくのです。解除とは、その記憶がなくなることではありません。その記憶が自分の中で新しいものに再構築されていくということです。親からの「支える記憶」がないと子どもは出生のトラウマをずっと無意識の内に溜め込んだままになり、思春期および更年期にその未完了のトラウマが姿を表すこともあります。

出生外傷は、精神分析学の概念で,ランク(Rank, O.)が用いた用語です。ランクは根源的な不安(原不安 Urangst)の原因として,出生時における母親(子宮)からの生理的分離体験がトラウマになることを指摘しました。つまり、子宮という楽園に分かれを告げて、現実世界へやってくることを根源的な不安と考えたわけです。そして成長して自己を確立していくためには、このトラウマ体験を克服することが必要と言っています。

ランクは出生がどうしてトラウマになるのか、その原因には言及していません。精神分析はある意味、生理的な原因は排除していく流派なのでそれでもいいのかもしれませんが、ここは具体的にどうして出生がトラウマになるのかを考えたいと思います。なぜなら、出産の瞬間は、人間のこころの発達においても、とても重要な瞬間であるからです。

トラウマ理論では、トラウマとは「自分あるいは他人の命の保全に関わるような、大きな衝撃的な出来事に遭遇し、そのとき身体が凍りつきながら、戦慄と恐怖、無力感を体験していること」です。自分の身体の中で、車のアクセルとブレーキが同時に最高のエネルギーで作動している状態です。アクセルを思い切り踏み込んでエンジンを最高回転させ、同時にブレーキを思い切り踏んで車を止めている状態です。これがいかに車にダメージを与えるかはすぐに想像できるかと思います。身体の中がこのような状態にあるということは、どんなに心身に負担をかけているかはすぐお分かりになるでしょう。アクセルを踏むとは過覚醒状態です。目がばっちり冴えて眠気のない状態。ブレーキを踏むとは、身体が凍り付いている状態です。身動きのとれない状態。これが同時に存在する状態が、トラウマ状態です。

ブレーキとアクセルを同時に踏みつづけるとエンジンは破壊されます。同様に、トラウマが解放されないと心身は疲労し、さまざまな症状に悩まされ続けることになります。

さて、出産は胎児にとってトラウマとしての原初記憶であり、その記憶は無意識の中に閉じ込められます。(胎生期の記憶も同様、無意識に閉じ込められています。)現在、この意識にのぼってこない無意識のトラウマ記憶が、さまざまな人間関係に影響を及ぼしているのではないかという研究が行われています。

人間を含め哺乳類は、一般的に狭い密室や暗がりに対して恐怖があります。胎児は光のない母体の中で成長しているので暗がりに対して恐怖はないはずですが、人間や哺乳類は、夜行性以外は、暗がりに対して原初恐怖があります。ホラー映画などの設定は、だいたいが闇が選ばれます。なぜ、先天的に、人間には闇に対しての恐怖があるのでしょう。

その理由のひとつとして、出生外傷が考えられます。生まれてくるときの閉塞感や窒息感が闇に対しての恐怖の原因となるのです。生まれるときは、羊水で浮かんでいたときの状態から、狭い産道を通って来ます。そして、生まれると同時に肺呼吸をしないといけなくなります。このときの窒息感です。おぎゃあと、第一声をあげますね、このとき初めて肺へ空気が入るわけです。この窒息感が、終生、哺乳類にはつきまとうわけです。

産道を通らない帝王切開でも窒息感は同じです。急に肺に空気が入ってくることに変わりはありません。また、逆子で生まれてくる子どもは、窒息感も大きいでしょう。わけのわからない状態で、足だけ体外に出た状態で頭がまだ体内に留まっています。頭が一番大きいので体外に出にくい状態になってしまい、閉塞感や窒息感は通常分娩の比ではないことは容易に想像がつきます。

水への恐怖はこの窒息感が原因のこともあります。羊水に浮かんで1年生活してきたのにどうして水が怖いのかというと、この窒息感が影響していることもあるのです。水への恐怖、暗闇への恐怖はこの窒息感に起因することもあるのです。産道を通る時の圧迫感は閉所恐怖の起源であると言われることもあります。

これらの出産のときのトラウマが何かの刺激によって、今生活している中で再現してくると不安障害という形で発症することがあります。胎内のことや出産のことは、多くの方は忘れていると思います。しかし、身体は覚えているわけです。記憶というのは、何も大脳辺縁系(哺乳類の脳)の海馬に記憶されるだけではありません。そこに多くは記録されますが、脳幹部の爬虫類(はちゅうるい)の脳と呼ばれる本能的な行動を司る部分にも記録されます。身体的な記憶はこの部分に多く記録されますが、トラウマの震源地もこの部分です。もっとも根源的な行動を支配する記憶はここに記録されているわけです。

胎内や出生時の記憶というのはほとんどの方は忘れてしまっていますが、身体は覚えているわけです。カウンセリングでこの辺りの記憶へアプローチするには、身体の感覚へアプローチする方法を取ります。意識に記憶の断片が立ち上ってこなくても、身体の中の「何かの感じのようなもの」、そこへアクセスしていきます。

このように哺乳類は誰しもこの出産に関してのトラウマを持っているわけですが、それが症状形成の原因になる人と、そうでない人がいるのはどうしてでしょうか。犬でも海に入るのが好きな犬と、そうでない犬がいますが、その違いです。出産によって体験した窒息感は、受動的な恐怖から能動的な興奮に移行させることができれば、解放していきます。。この解放ができると症状として形成されないのです。

これはすべてのトラウマに共通のものです。トラウマを受けると人を含めすべての動物は、闘争(Fight)か逃走(Frighten)か凍りつき(Frozen)の3つの”F”を体験します。

何らかの事故に巻き込まれた場合、まず身体は凍りつきます。ギュッと身体が縮みます。身体の内部では、それに対して挑戦的に戦うのかあるいは逃げるのかの判断が渦巻き始めます。外側の身体は収縮しているのに、内部の思考や感情は高揚しエネルギーを貯めていきます。これは身体的にものすごく負担を強いる状況です。

次に、闘うか逃げるかしてそれで自分の生命を守ることができれば、その事件はトラウマになることはありません。逃げることで内部のエネルギーを放出することができたからです。このエネルギー放出がうまくいかずに、内部に溜め込むことになると、エネルギーは自然消滅はしませんので、何十年でも身体に残ったままになります。これが数十年たってPTSDを発症させる原因のもとになります。

つまり恐怖から、闘争か逃走という興奮状態へ移行させることができれば、出産による窒息感はトラウマとなることはないのです。そのためには、出産後、親が赤ちゃんに身体を使った親密な体験を与えることです。それによって赤ちゃんが適度に興奮し、自分を支える記憶となって定着し、出産による外傷が発展的に解消されていくのです。犬が海に入れることを好むかのどうかも、犬が海に触れさせることで興奮を覚えるようにしつけることが大切です。その興奮が犬を支える記憶となるからです。

このように出産によるトラウマと直面しながら赤ちゃんは誕生してくるわけですが、親にとっては出会いの出来事です。赤ちゃんは授かりものと言いますが、同時に「あずかりもの」なのです。神様からあずかったものなのです。所有物ではありません。だから数十年かけて大切に育てなければならないのです。大切に育てて世の中へ返していくものなのです。それは、親の趣味、嗜好、人生観を押し付けることのないように、十分に愛情を注ぎながらしつけていくことです。役に立つ人間に育てるということは、それだけで親の人生観が混じってきています。親が役に立つと思っていることは、たいていは親のエゴだと思ってもいいでしょう。そんなものを子どもは期待していません。

僕がこれから僕として生きていけるように見守っていてください、そういう期待をもって赤ちゃんはこの世の中に誕生してくるのです。親は神様からのあずかりものをしっかりと見守っていく義務があるのです。何度も言いますが、あずかりものですから自分のものではありません。決して親の色に染め上げることがないように。

参考図書:
心理学辞典(有斐閣)
胎児の世界(三木成夫)
カウンセリングに生かす発達理論(遠藤優子)
アセスメントに生かす家族システム論(遠藤優子)
子どもを支えることば(崎尾英子)
Golden Slumbers (Beatles)
愛という勇気(スティーブン・ギリガン)

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