家族再統合という幻をめぐって★千葉県野田市の虐待死事件から

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このテキストはビデオの補足です。

千葉県で小学4年生の女の子が虐待にあって亡くなりました。痛ましい事件です。ご冥福をお祈りいたします。

原因は父親の暴力です。そこに母親が加担していたかどうか、現在(2019年2月10日)はっきりとはしていません。母親がDVを受けていたという情報もあります。そのために虐待が止められなかったとも言われています。

果たして母親がそのような状況で止められなかったのかどうか。このへんのことをもう少しはっきりさせるには、母親の成育歴が必要になってくるでしょう。DVの中、解離していたのか、そうではなかったのか。捜査が進めば全容は明らかになってくるでしょう。

今回の事件は、児相や教育委員会などの連携がちゃんと取れていなくて、父親のもとへ児童を返してしまったことが問題視されています。それはまあ、そういうことなのでしょうが、それよりも根深い問題が、この虐待事件には付き物なのです。

根深い問題―それは、家族再統合というスローガンです。このスローガンのもと、これを暗黙の了解事項として、解決の糸口を探るということが繰り返されています。愛着障害の本で著名な精神科医の岡田氏も、愛着障害の問題を解決するには、家族による再統合が必要だと著書で書いているほどです。

専門家からして、こういう論評なので、行政や政府は、勢いその方向で進んでしまいます。司法もそうでしょう。これでは、虐待事件というのは一向に良くなりません。家族の再統合は幻である、という視点に立つべきなのです。

ほとんどの人は愛着のある世界で育っています。愛着のない世界というものを知りません。ですから、家族は再生できるものだというスローガンが掲げられるのでしょう。しかし虐待問題というのは、そのような愛着のある世界(甘えのある世界、親子葛藤のある世界)の話ではないのです。世の中の9割方の人々の住む愛着のある世界の常識では想像することすらできない世界の話なのです。

この認識に立って対応策がなされる必要があると思います。それには、こういう事件に関わる人々が、この家族は再生可能なのかどうかをしっかりと見立てて、その共通認識の上に立つことが求められます。心理職が行う(家族)面接も、再生できるかどうかの重要な情報になります。心理の責任は重大なのです。

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