【トラウマを受けて生きてきたあなた、それもかけがえのないあなたです。】
◆交代人格と夢
次の文は柴山雅俊「解離の構造」の中の、交代人格の治療論からの一文です。交代人格の中には過去の虐待の記憶を抱えたまま殻の中に閉じこもっている犠牲者人格がいる。その一つの例として、アザミという女性患者の中にいる犠牲者人格であるエリの空想上の体験です。
女性患者アザミの語った内容である。主人格と交代人格のエリという人格との交流が始まった頃のことである。
エリの恐怖は壮絶なもので、最近彼女と会ったとき、彼女はバラバラの死体だらけの薄暗い家に住んでいました。私が(背後空間に)引っ込んでいるとき、たまにこのバラバラ死体だらけの部屋に迷い込みます。人間の血だらけのパーツだけが落ちている身の毛もよだつような暗い光景です。血の匂いが忘れられません。彼女は家の外に出ると透明で周りには見えないそうです。その家しか居場所がないんです。バラバラ死体の家の中で誰ともコミュニケーションをとれないので、本当にひとりぼっちです。私が一緒に行動しているとき、彼女の広い家の中では私のほうが半透明で彼女はクッキリしています。家の中では、感触はハッキリしていて、ドロッとした生温かい血の固まりが降って来たり、ぐちゃぐちゃになった頭が転がってきたり…あそこは恐怖のかたまりです。不思議なことに、家の中には神社があります。その神社にお参りに行ったことがありますが、そこでお参りすると、さらに頭からバラバラになった頭が降ってきたり、新たに死体が増えているのです…。気持ちの悪いお話しですみません。ただ、彼女は醜い場所に住んでいて、あんな場所ではまともな思考回路は働きません。
エリは壮絶な世界に住んでいます。神社にお参りするたびにバラバラになった頭が降ってくる、そんな為すすべのない世界です。絶望としかいいようのない世界です。その絶望を引き受けてくれているから、アザミは生活を続けることができるのです。
交代人格は複数いることが多いのですが、その中には犠牲者となった人格が必ずいます。上の例ではエリがそれです。エリの身の上には悪意や恐怖や苦悩が一身に降りかかります。言葉を変えると、エリはそれらを一身に引き受けるために生まれてきた犠牲者の人格なのです。柴山はそれを「ひとりで抱え込むために」生まれてきた人格と表現しています。
ひとりで抱え込んでくれる人格がいるからこそ、トラウマを一身に引き受けてくれる自分がいるからこそ、いまの主人格が生きていることができるのですね。この犠牲者の自分はかけがえのない自分です。
以前、相談に来られていた方で、解離性同一性障害ではありませんでしたが、離人感が幼少期からあった女性がいました。幼少期から中学まで性的な暴力にさらされていて、この方はカウンセリングの開始時期にある夢を見ました。この夢と、先の交代人格エリが住んでいる部屋の話は、どこか同じような感触があります。夢と交代人格はこころの深いところを通ってお互いにつながっているようです。ここに解離性障害の治療の鍵の一つがあるように思います。話された夢はこんな夢でした。
気がつくと私は廃墟の二階に布団を敷いて寝ています。そこは自宅なのですが、そのときはすでに廃墟となっており住んでいるのは私だけなのです。私の部屋はくもの巣が張っており、廃墟になってから数年ほど経っているように思います。そこに布団を敷いて一人で寝ているのです。年は現在の私です。寝ているわけなので外は夜なのですが、なんで私が一人でそこに寝ているのかも分かりません。そして、まくらの上を時折、白い影が半円を描くように右から左、左から右へと行ったり来たりしています。私はそれが人間である、ということは分かっています。しかし白い影で、よくは見えません。階段のわきには仏壇があってロウソクが赤々と燃えています。でも、私は、なぜかそこには魂が入っていない、形だけの仏壇であることを知っています。この廃墟には救いがどこにもありません。救いがないから廃墟なのか。
この夢に漂う絶望感、エリの部屋の様子と似ているように思います。カウンセリングの開始当初に見る夢は重要なものが多いと言いますが、この夢は相談者の深層を端的に言い表していると思います。
交代人格エリの部屋やこの夢には、魂が2重に脱落している深い絶望感があるのですが、それは後述するタマシイの話で見ていくことにします。
◆フラッシュバックを助ける夢
フラッシュバックとは、自分が経験してきたトラウマ的な体験を再体験することです。あたかも自分がその現場にいるように、色やにおいや空気の感じ、温度や声、さまざまな感覚がその現場で体験した時の感覚でよみがえります。自分は明らかにその現場に戻っているのです。フラッシュバックの時には、あのときの恐怖や離人的な身体感覚がよみがえります。でも実際体験しているわけではないので、そのままじっとしていれば恐怖は必ず納まっていきます。認知的には、恐怖はそれから目をそらさずに見ていると小さくなっていくからです。
そのためにフラッシュバックは数分~数十分で終わりますが、半日~一日ずっと体験する方もいらっしゃいます。こうなると普通の生活にも支障がでてきます。生活しづらくなります。
Tさんは幼少の頃から中学を出るまで虐待を受けていました。そのフラッシュバックが今でもあって、生活がしにくくなって相談に来られました。虐待の話しとは別に、虐待が始まる前から毎月同じ夢をみていると話してくれました。
大きな青いゴミ箱があって、そこに母が入る。苦しそうな表情で、私に対して怒っているようだ。その感情を感じた瞬間、母がゴミ箱にしゃがんだかと思うと急に消えてしまう。それがとても怖かった。夜中に目覚めると母が隣で寝ているかを確認していた。
虐待を受けているときも並行してこの夢は毎月見ていたそうです。この夢には恐怖が表現されていて何かマイナスイメージを喚起させるように思いますが、よくよく聞いてみるとちょっと違うのです。
この夢全体のイメージとしてそれほどの恐怖はない、虐待のフラッシュバックをレベル10だとすると、この夢の恐怖はレベル1くらいである。またこの夢は、母に好(す)いてもらえている感じはしなくて悲しいが、母が近くにいるようには感じる。
この何度も見る夢はTさんに「母が近くにいるような」安心感をもたらしていたのです。虐待の嵐に耐えるためにこの夢を何度も見せてTさんを救っていたのですね。この夢を見させていたのもTさん本人です。それをTさんの「セルフ」と言う人もいるでしょう。
セルフとは存在そのものです。私たちは社会的な存在として日常を生きています。愛やらお金やら同意・賞賛されることを糧(かて)にして生きています。そのような社会的な存在を超えたところにセルフは居ます。自分は存在していいという安心感、それとともにそこにセルフは居る。まさにそのような霊的な存在が、この夢を何度も見せてくれていたのです。それは「大丈夫だよ」というメッセージです。それによってTさんは虐待を生きのびることができたのです。
この母が消失する夢はしばらくは見なかったそうです。しかしフラッシュバックで相談に来られてからすぐ立て続けに2回ほど見ます。そうやって夢は助け舟を出してくれたのでしょう。カウンセリングでフラッシュバックに向き合っていかなければいけないという、これからの嵐の航海に備えて。
◆フラッシュバックの意味
トラウマやフラッシュバックの意味を考えることは、タマシイの問題に帰っていきます。タマシイについては後で詳しく考えていきますが、ここではフラッシュバックの意味について考えてみます。
フラッシュバックとは「過去の体験が現在へ侵入し、現在を生きているという自己同一性の実感が過去へ退行する」状態ですが、これらの意識変容は、実は交代人格と同じことなのです。
「交代人格の中には過去の虐待の記憶を抱えたまま殻の中に閉じこもっている犠牲者人格がいる。」と先に書きました。つまりつらい記憶を一身に背負ってくれる犠牲者、身代わりになってくれる人格がいるから、主人格は生きていくことができるのでした。フラッシュバックもそれと同じなのです。
フラッシュバックする体験とは当時の体験そのままです。幼児のときその体験をすればその幼児へ戻ります。成人になったから体験したものであれば、成人のそのときに戻ります。そして「そのとき」の自分とは、そのつらい体験を一身に背負ってくれた自分です。それは30年前の自分かもしれないし、5年前の自分かもしれない。けれどその自分が身代わりになってこころの底のほうへ退いてくれたから、いまのあなたが生きていることができるのです。フラッシュバックはほんのささいなきっかけで生じます。でもそれ以外のときは退いてくれているのです。いまの自分の身代わりになってくれているのです。
フラッシュバックは身代わりになった自分がこちら側の世界へ出てくることです。虐待を受けてきたTさんには、そのフラッシュバックしてくる自分を、あなたが自分の中に住まわせることができるようになるとフラッシュバックはなくなる、と伝えました。
「こないだのフラッシュバックも、いつものように虐待の内容で、ただただそれに苦しむことしかできなかったのですが、終わったあとにフラッシュバックの意味を考えると、あの時の私の命にもちゃんと価値があったんだなって少し安心な気持ちがしてきました。いつもはあの時の絶望感を引きずるので…。今はなんとなく穏やかです。」
◆フラッシュバックの次にやってくるもの
フラッシュバックは、治療を開始して比較的早い時期に鎮静化していきます。
フラッシュバックが鎮静化して楽に生活ができるようになると「死にたい」という気持ちが出てくる場合があります。これは、フラッシュバックしているうちは死なないということです。フラッシュバックはつらいことですが、それでもそれがあるから生きるのに必死になっています。けれどフラッシュバックが納まってくることによって、その必死な気持ちに余裕ができてきます。そしてある時気がつくのです。生きることに必死だった、ということは、それは裏を返せば、死なないように必死だったのだと。そして、自分のすぐとなりに「死」が居ることに気がつきます。
これがフラッシュバック鎮静化による死の直面化です。フラッシュバックが軽減されて身体的に楽になっては来ているが、気持ちが落ちて行きます。うつのように涙が出たりもします。珍しいくらいに「落ちる」状況になります。自分がずっと死の隣で生きてきていたのだ、そのことを自分は全然知らなかったのだということが分かるからです。自分はなんと可哀想な時間を送ってきたのかという哀しみとともに、死へ直面することによる抑うつ感もやってきます。
Tさんは、それを「どんよりとした気分です」と表現していました。「死を選んでも良いんだと分かったときはホッとしました。でもすぐに、今までの生き方は何だったのか、生きることに必死だったのは何だったのか、と考えると、ものすごく落ち込みます。このホッとした感じと、落ち込む感じが交互にやってきます。」
Tさんはフラッシュバックの鎮静化のあと「死」に直面しました。死んでもいいんだという楽な気分と、生きていくことはどういうことなのかという落ち込みの両方を体験しました。これはとても重要な体験なのです。死というもの、生というもの、その二つを乗り越えていくには必要な体験なのです。ここまできて初めて、Tさんは、自分のトラウマを話し始めます。それは「死の語り」でもありました。死を語り、死を許し、数か月の重い時間が過ぎてゆきました。その後、数か月かけてゆっくりと浮上し面接を終了しました。死んでもいいし、生きてもいいんだ、それがTさんの到着した場所でした。
こうやってフラッシュバックとつきあえるようになり、深い気持ちを体験したあと、ゆっくりと治癒へ向けて浮上していくのです。それはなぜなのか。それにはタマシイのことを考える必要があります。
◆タマシイ
タマシイとは何か。
大上段にかまえると答えのない問いのようですが、解離のこと、フラッシュバックのこと、そしてカウンセリングという治療のことを考えると、明快な答えがあります。
それは「複数の自分(セルフ)」です。
折口信夫は「我々は霊魂は一つと考えるが、古代人の信仰からすると、霊魂は無限に人に這入る(はいる)と思っていた様である。」と考えています。霊魂はわたしたちの身体に複数個入っているという考え方です。柴山はこの考えを受けて次のように考察しています。
霊魂は外から体に入ってきたり、そこで分かれたり、殖(ふ)えたり、外へ出ていく。日本人は古代より肉体は魂の仮の宿としてとらえ、魂は浮かれやすく、あくがれやすいものと考えてきた。常習的に魂が離脱する病は「かげのわずらひ」などと言われてきた。魂に対するこのような見方は解離と類似しているところがあり、解離が原初の意識といかに近縁であるかを示している。
外へと離れやすい魂を体内に鎮めようとするのが魂鎮(たましず)め、すなわち鎮魂である。ここで言う鎮魂とは、供養、慰霊、レクイエムのような、死者の魂が平安のうちにあることを祈ることではない。鎮魂についてはさまざまな説があるが、折口は内在化していた魂が肉体から離れてしまわないように、体内に密着せしめようとする働きを重視していた。
あっちの世界へ離脱してしまった、かつては一緒に生きていたタマシイ、その身代わりのタマシイを、こっちの世界、つまり現在自分、生存し続けるタマシイの中へ呼び戻して取り込むこと、一緒に生きようとすること。これが治療です。これがカウンセリングです。
折口はさらに次のように述べています。
生物の根本になる「たま」があるが、それが理想的な形に入れられると、その物質も生命を持ち、物質も大きくなり、霊魂も大きく発達する。そのタマが働くことができ、その術を「むすぶ」というのだ。「むすぶ」は霊魂を物に密着させることになる。霊魂をものの中に入れて、それが育つような術を行うことだ。
これは治療そのものです。カウンセリングそのものです。
この切り離されたタマシイには罪悪感がつきまとっていると、柴山は指摘します。「生き残った部分は自らの後ろめたさを防衛するために、身代わり部分が外傷(トラウマ:高間注)の事態を招いたという認識を強化し、また身代わり人格自身もそのように信じ込むようになる。罪悪感の発生である。このように虐待や外傷という事態に対して自らの心を切り離し、その原因の多くを自らの魂の一部に押し付けることによって生きのびようとする。」
トラウマを受けた人には、こころの深いところで、癒されることのない根源的な罪悪感を感じている人がいますが、これは切り離したタマシイにつらいことを一身に押し付けてきたことに対する、現在の生きのびた自分への後ろめたさ、ある種の負い目なのです。また、一身に押し付けられたタマシイは、押し付けてきた現在の自分を攻撃してくることもあります。幻聴や幻覚としてやってくることもあります。それらが自傷願望になったりしますが、それはある意味、身代わりのタマシイの正当な主張だと思います。生きのびてきた自分がこの身代わりの自分の主張の正当性に気づくことが、身代わりのタマシイの救済につながるのです。
それには「身代わりのタマシイのおかげで自分は生きのびてこられた」ということに気づくことです。そして身代わりを抱きしめて、感謝を伝えることです。労(いた)わることです。包んで自分の中に取り込むことです。それが治癒の源泉となります。
先に登場した柴山の患者であったアザミは、この包むことについて次のように話しています。
突然よく分からない感情が出てきて苦しくなることがある。たとえば、突然、不安な感情が出てきて電車に乗れなくなることがある。私にはそれぞれの感情に場所があると感じられる。私はそこの場所へ行って、その感情と話をして、解決をして、その心を吸収する。そうすると電車に乗れるようになるんです。こういうことは一年くらい前からできるようになってきた。自分の中の何かに話しかけて、その感情の場所へ行く。そして「どうしてそうなのか」といった話をする。そしてそこに何かを分け与えてあげる。浸透するように足りないものを補うんです。すると楽になる。訓練すればいいと思う。苦しい場所とか苦しい人がいるので、そこへ私がお土産を持っていくんです。
柴山は、ここで話されている場所は患者の心的空間の場であり、感情の場であり、交代人格のいる場所であると説明しています。そしてアザミが分け与えるものとは、自分の中のエネルギーであり、包み込む心であると言います。お土産とはアイヌ語で「ミアンゲ」つまり「身をあげる(提供する)」という意味であり、暖かな気持ちで身代わりの訴えを聞いてあげることです。そうすることで身代わりとなったタマシイとこころを通い合わせることができるようになり、身代わりのタマシイは、生き延びたタマシイによって包まれるのです。
さて、先のエリの部屋や廃墟の夢においてタマシイが二重に脱落しているという意味を考えましょう。まず一つ目の脱落は、エリのすむ家、自分の寝ている廃墟、それ自体が現在の生きのびた自分から脱落しているということがあります。つまりそれらは特別な空間なのです。特別にしておかないと日常生活を送っていけないので、特別に自分から切り離してあるのです。それらはあっちの世界、幽玄にみちた地獄の世界に近い感があります。そこでエリや夢の自分は生活しているわけです。これが一つ目の脱落です。絶望に満ちた世界です。
しかしその場所は、さらなる絶望をかかえています。それは、そこにある神社にお参りをすると頭などのパーツがばらばらと降って来る、あるいは、そこにある仏壇からは魂が抜かれている、つまりお祈りしようにも祈れない。たぶんかつてはここにあったはずのタマシイはここにもないのです。そこが地獄であろうとも、そこに自分の分身であるタマシイが生きているのであれば、事態は大変であっても、自己との同一性を感じることができるので、そこでは安心できるわけです。地獄でも安心感がある。しかしエリの部屋や廃墟にはタマシイが居ない。このさらなる絶望感、この二重の脱落感によって生きのびた自分は、さらなる底へ落ちていくのです。
どん底に落ちながら、かつてあったはずのそのタマシイを探し、こちらの世界へ呼び戻し、それとともに生きる。それが治癒です。
◆身代わりの人格
柴山は、この身代わりのタマシイ(人格)について、「犠牲者としての私」とも表現しています。引用してみます。
この人格はその時、その状況の記憶を一人で抱え込んでおり、他の部分とのつながりを持たず、時間・空間的に狭窄した世界にいる。身代わり(scapegoat)としての私であり、これを身代わり天使(scapegoat angel)と表現することもできる。
犠牲者人格は苦難や虐待などを自らの身に受け、残りの私の部分(生存者人格)を生き延びさせようとする。外傷記憶をひとりで抱え込み、「身代わり」、「犠牲」として患者の全体から切り離される。仮面における盾や鎧の役割を果たすこともある。自らの身を犠牲にして生体全体を守るのである。この意味で救済者(身代わり天使)としての役割を持っているといえるが、ときにこの人格は外傷体験をひとりで抱え込まされたというやりきれない絶望感と怨みを生存者人格に対して抱く。暗い人格であることが多く、怨恨が大きくなり迫害的で攻撃的な態度に出ることがある。背後の位置から幻聴の形で「死ね」とか「手首を切れ」などと中傷的な言葉を浴びせ続けることもある。
このように身代わりの人格は、自分を守るための天使的役割を持つと同時に、その怨みから自分へ対しての迫害的な側面も持っているのです。これは生き延びてきた「生存者としての私」にも同様に、同じ側面、天使的な側面と迫害的な側面があると、柴山は言います。これは何を意味しているのかというと、身代わりのタマシイを自分の中へ取り戻すとき、その救済者的なものと迫害者的なものを両方まるごと自分の中へ取り戻すということです。迫害者的側面は嫌いだから切るというようなことがあってはいけないのです。なぜならそれは自分を「切る」ことにつながるからです。それによって自分という全体性が失われてしまうからです。タマシイは落ちたままになってしまいます。
迫害的な人格の側面に対しては、「キミはもともと天使なのだから、自分本体を助ける使命をもって生まれてきた」というメッセージを治療者は発信し続けて、迫害者人格を治療の協力者とすること。この姿勢は治療をしていく上で欠かすことができないものであると、柴山は言っています。ここには、タマシイ救済の本質が述べられています。
小学生は学童期です。フロイトの発達理論では潜在期と言われます。思春期に入る前の時期です。この時期は親の言うことをすっかりと自分の倫理規範(生きる方針)として取り入れて、それを行動に移す時期です。親の言うことに対して反抗せずにそのまま取り入れて行動します。何の曇りもなく行動します。幼児期と違って体は自由なのです。
虐待を受けて育った子どもは、このとき親の「悪の規範」を自分の生きる指針として取り入れます。それはそうしないと生きていけなかったから、食べさせてもらえない、家にいれてもらえないから取り入れます。虐待をする親だけれども、それは自分の親です。子どもは自分が悪いことをしているから虐待を受けるのだと思い、親に従い、親の規範を取り入れます。それは子にとって生きるか死ぬかがかかっているので仕方のないことですが、この悪の規範の取り入れによって、その後の生き方が大きく影響を受けてしまうのです。
そして忘れてならないのは、この悪の規範を引き受けてくれているのも、身代わりになってくれている自分なのです。
◆柴山の治療論とユタの治療の類似点
オキナワの文化である祖先祭祀システムの根幹には「マブイ」という概念があります。マブイとは霊、霊魂のことです。オキナワで家族療法を研究する又吉の調査によると、このマブイには次の5つの基本的性質があります。
1.人間は身体とマブイの両者があってこそ人間たりえる。
2.マブイは人間の体から遊離することができる。
3.マブイは不死である。
4.マブイが体から抜けると病気になってしまう(マブイウトシ)
5.病気を治すにはマブイを体に込めなければならない(マブイグミ)
これらは(特に2,4,5は)、折口をベースとする柴山の解離性障害の治療論と同じことを示唆しています。
タマシイは脱落しやすく、脱落してしまうと解離性障害になる。その治療は脱落したタマシイを探し当てて、自分の体へ戻してやること。鎮魂である。自分から切り離していた身代わりの自分を自分の中へ再度取り戻すこと。身代わりをしてくれていた自分を自分で包んであげること。これがユタの治療でもあり、柴山の治療でもあったのでした。
どんなときにタマシイが抜けるかというと、オキナワの文化では、事故や怪我、驚いたり辛い思いをしたときに、それらが起こった場所に霊(マブイ)が落ちてしまうと言います。
精神医学ではこの状態をPTSDと呼びます。フラッシュバックの状態です。PTSDによってタマシイが落ちてしまって、その落ちてしまったタマシイが時折、現実の生活の中へ「助けてくれー」と叫びながら再登場してくるのがフラッシュバックなのです。タマシイは大変不安定なもので、相当に気をつけなければ、あるいは気をつけていてもすぐに身体から脱落するものだと言われています。ケンカなどの激しい感情をぶつけ合うときもタマシイが抜けているとされています。
人間が感情的な状態に陥っているとき、オキナワでは「タマシイが抜けた状態」(マブイウトシ)と呼ぶのです。こうして見てくると、数々のこころの病は、タマシイが抜けた(落ちた)ことから由来すると考えてもよさそうです。オキナワの文化はそのことを知っており、「ユタという方法」を使って、それを治療しようとしたのでしょう。
落ちたタマシイというのは、柴山のいうところの「身代わり」になった自分です。そのタマシイが一身に怖いことを引き受けてくれたわけです。そしてその怖かったところに落ちてくれている。落ちてくれているために日常の自分は普段は意識しないでも生活はできるわけです。でも落ちてくれたタマシイも自分の一部なので、時折その落ちた自分が主張してくるのです。ここに居るよ、助けて、と。それを救済にいく行為が、治療ということになります。
オキナワのマグイウトシの例をみると明らかなように、この身代わりを取り戻すという治療は、何も解離性障害のための特別な治療ではありません。一般的な心理的な悩みに対して広く応用できる概念(哲学)です。私は、オキナワの文化が生んだ「ユタという方法」は素晴らしいものだと思っています。その概念は私のカウンセリングに活かさせてもらっています。実際には、短絡的に、ユタの拝み屋さんに頼めばよい、というわけもないのです。
ユタという方法をユタ療法としてとらえると、○○療法をするというカウンセラーも、両者はその療法に固執しているわけです。手順に固執する。どうして固執するのかというと、それは固執していないと怖いからなのです。「よらば大樹」がないとカウンセリングを続けていくことが怖いからなのです。○○療法をやっていればある程度の安定は得られますが、それを続けると一番カウンセリングに大切な重要なことを忘れてしまいます。それは何か。
受容です。
治療にもっとも必要な受容。○○療法をやっていると近視眼的になります。そして受容することから遠ざかっていくのです。拝み屋さんというのも、その療法に固執しているわけで、その意味でユタ療法に頼ればいいというわけではない、と言ったのです。カウンセラーは○○療法をやるのはいいが、それは自分の哲学として吸収するのがいいのでしょう。私は自分の経験として、催眠やハコミセラピーやギリガンやM.エリクソンをそのように見ています。(やる能力がないということもありますが(笑)。)話がそれてしまったので元へ戻します。
◆ユタとカウンセリング理論
ユタのマブイウトシを続けます。又吉によるとオキナワの文化では、不幸が起きたり何らかの症状が出てきたとき、それらを「祖先からの知らせ」と考えます。どうしてそのように考えるかというと、人間はその祖先によって行動させられ生かされていると考えるからです。
このように祖先を考えることは家族療法と同じです。精神科医の斎藤学は、この祖先からの知らせを、家族神話とか家族ロマンという言葉を使って表現しています。それも祖先からの知らせと同じことです。ソンディによる家族的無意識もこれと同じです。先祖、親に実存欲求不満があれば、これは祖先の要求という形で子や子孫に現れると記しています。こうしてみてくるとオキナワのユタという方法は非常に汎用的な方法であることが分かります。
又吉はこの祖先からの知らせを夜尿症をする子どもと母親の例をあげて説明しています。ここに引用します。そのあとで、カウンセラーがこれと同じことを言った場合どういう話になるのか、翻訳をしてみます。比べてみてください。ほとんど同じことを言っていることに気が付かれるでしょう。
ユタという方法
子どもが夜尿をしても、それは祖先からの知らせであるから本人をしかりつけることは決してない。夜尿をしたことを仏壇の祖先や火の神にありのままを報告し、自分の気持ちを打ち明ける。祖先や火の神を拝むとき、子どもも望むようであれば一緒に拝む。特に子どもが夜尿をしたときにカッカとなりイライラする親は、その感情的になったこころ自身が「祖先からの知らせ」であることを悟り、通常は、この「イライラしたこころ」が自分自身を通して、知らぬうちに子どものこころに継降(ちぢうり)にしているのであることを知り、この継降を経つことを第一に考えて実行する。そのために子どもを叱りつけたくても、その気持ちままを祖先、火の神に報告する義務がある。これを怠ったり、子どもを叱りつけながら祖先へ報告しているようなときには、子の夜尿はなかなか止まらない。以上のようなことを、夜尿があるたびに祖先、火の神に報告を繰り返していく。
これをカウンセラーが話すとどういうふうになるか翻訳してみます。○がユタという方法、【】で囲まれた部分がそれをカウンセリング用語で翻訳したものです。
○子どもが夜尿をしても、それは祖先からの知らせであるから本人をしかりつけることは決してない。
【子どもが夜尿をするとき、夜尿は症状としてみるが、それは子どものコミュニケーションの手段である。子どもが何かを訴えているのである。子どもは言語回路が発達していないので言葉で話す代わりに身体症状として出してくるのである。コミュニケーションであるから、本人をしかりつけるのではなく、本人が何を訴えているのかを分かってあげることが必要である。大人でも言葉にできないことも多い。そばに寄り添って一緒にいて呼吸をしているだけでよい場合が多い。そうすることで子どもは安心し、症状を引っ込めることも多い。】
○夜尿をしたことを仏壇の祖先や火の神にありのままを報告し、自分の気持ちを打ち明ける。
【子どもが夜尿をしたことを、それがどんな状況だったのか詳しくカウンセラーに話をして、その話す中から自分の素直な気持ちに気づいていくことが大切である。抑えてきた気持ちを自分で実感することである。素直な気持ちには感情が必ずくっついている。】
○祖先や火の神を拝むとき、子どもも望むようであれば一緒に拝む。
【カウンセラーに相談するとき、子どももカウンセラーに話をしたいときは話をさせるのもよいことであるが、子どもには問題はないことを母親は知った上で、一緒に相談するとよい。親子の問題ではあるが、どちらが悪いということもないのである。】
○特に子どもが夜尿をしたときにカッカとなりイライラする親は、その感情的になったこころ自身が「祖先からの知らせ」であることを悟り、
【子どもの夜尿でイライラするのは自然なことではあるが、そのイライラは自分と親との関係、「自分の気持ちが親に通じないために苦労してきたことを再体験している」ということに気づくことである。】
○通常は、この「イライラしたこころ」が自分自身を通して、知らぬうちに子どものこころに継降(ちぢうり)にしているのであることを知り、この継降を経つことを第一に考えて実行する。
【自分は小さい頃、親に言われていろんなことをあきらめてきたし我慢もしてきた。それなのにこの子はどうして我慢ができないのか、という自分の気持ちに気づくことである。自分がずっと我慢してきた気持ちをカウンセラーに打ち明けることである。それによって自分への理解が進み、自分を愛おしく思うようになる。自分の我慢が解放される。】(継降とは世代間連鎖のことですが、世代間連鎖は認知心理学の視点による概念なので、ここでは翻訳しません。)
○そのために子どもを叱りつけたくても、その気持ちままを祖先、火の神に報告する義務がある。
【子どもをしかりつけたくなったときは、自分が子どもにどんなに支えられてきたのかを思い出すことである。一人で難しければカウンセラーと一緒にその思いを探すのである。たとえば子どもは塗り絵をするとき私の顔色を伺いながら、私の好きな黄色や水色をたくさん使って塗り絵してくれていたな、私を支えてくれていたんだな。ということに気づいていくことである。それによって親子の間に暖かいものが流れ出す。成仏していなかった自分の小さい頃からの気持ちが緩んでいく。】
○これを怠ったり、子どもを叱りつけながら祖先へ報告しているようなときには、子の夜尿はなかなか止まらない。
【子どもを養育しているのだ、という思考に始終しているときには、視線は世間へ向けられており子どもには向いていない。だから、なかなか子どもとこころを通わすことはできない。子どもに支えられたという記憶をその感情とともに再体験することで、自分が小さい頃に親を通して体験できなかったものを取り込むのである。これによって自分の乳幼児や学童の頃の歯抜けだった記憶が整って、書き換わるのである。】
○以上のようなことを、夜尿があるたびに祖先、火の神に報告を繰り返していく。
【子どもに支えられた体験というのが思い出すことが難しい場合は、自分でこころのどこかにブロックしている可能性がある。それを思い出すことは、自分が幼かったころ満たすことのできなかった感情に出会うことでもあり、それは怖いからである。しかし怖いのは当然なので、強引にやらないことも必要である。そのような場合はカウンセラーへ自分の気持ちを少しづつ話していくことだ。それによってだんだんと気づくことが増えていく。自分を客観視することができるようになって、自分に余裕が生まれ、子どもへの気持ちにも変化が生まれてくる。】
◆デパス(抗不安薬)とPTSDとフラッシュバック
フラッシュバックで相談にこられたBさんは、生活に支障が出るほどでしたが、先日生まれて初めての大変なフラッシュバック体験をしたと報告してくれました。これまでのフラッシュバックは、外でなったときは、じっとうずくまることでその場をしのいでいました。フラッシュバックが過ぎ去った後はボーッした頭でなんとか考えて、自分の意志で帰宅することができていました。
その日Bさんは、朝早く家を出て、病院へ向かい、ある外科検査を受けました。その検査を受けることでフラッシュバックがやってきそうな予期不安があったので、それを外科医へ訴えると、抗不安薬であるデパスを処方されました。すぐ効くということでした。デパスは、精神科だけでなく、筋肉を弛緩させる効果があるので、肩こりなどにも処方される一般的な薬ですが、依存性の高い薬です。外科医も「予期不安に対してはデパス」という安易な処方だったのでしょう。
デパスを飲んだ後、Bさんは急速に不安定になります。そのうちフラッシュバックがやってきて、その間検査がどのように行われていたのか記憶がなかったそうです。気がつくと精算もしたのかしなかったのか分からず、病院から電車で1時間ほどのコンビニに居ました。そのあとも断続的な記憶しかなく、コンビニの次に友だちへ会いに行ったそうです。友だちへ会いに行った記憶は完全に抜け落ちており、会いにいったのが分かったのはメールの履歴からです。そのあと街をいろいろ徘徊したようで、家に着いたのは深夜0時を回っていたそうです。途中、駐車場でうずくまっていることやタクシーにのっている記憶は断片としてあったそうです。
Bさんにはフラッシュバックが何回やってきたかの記憶もありました。また友だちへ翌日確認したところ、自分の態度は普段と変わらなかったそうです。Bさんは記憶が部分的に飛んでいるので、解離性健忘とも言えますが、中程度の意識変容を体験していたわけです。中程度というのは、持続時間が多くても数時間程度で若干の健忘を残す程度のことを言います。重度になると攻撃、不安、恐怖などの興奮がいっそう高まった錯乱状態になります。自分ひとりで行動することは不可能になり、発作後は完全健忘(発作後の記憶が完全になくなっていること)があります。
解離性同一性障害で交代人格が出ているときも健忘があります。人によっては健忘がなく、交代人格の行動を覚えていることもあります。その人格をコントロールはできないが遠くから眺めている感じです。しかしBさんは記憶がないときも、普段と変わらない行動のように友人には見えているため、別人格が出てきたわけではなさそうです。それに、このような健忘を伴った意識変容も今回が初めてだったということ、そのあとはこのように記憶が飛ぶこともなかったことからも、解離性同一性障害の診断にはなりません。すると、この体験は何だったのか。
それはデパスという薬の効果であると考えられます。デパスの薬効は不安をやわらげてリラックスさせることです。このリラックスがBさんにとっては命取りになったのです。
Bさんはこれまで、緊張して感覚を制限することで、フラッシュバックから逃れていたわけです。自分に枠をはめることで、感情を制限することで、生きる活力を得て、なんとかここまで生き延びてきていたのです。その制限=活力をデパスはものの見事に短時間で奪ってしまったのです。
制限から開放されたこころは自由になった反面、フラッシュバックだけでなく当時の怖い感情、悲しい感情を一気に放出させました。それが一気に押し寄せてBさんに不意打ちをくらわせたのです。PTSDの治療では、緊張を解くことは十分に注意しないといけないという原則を外科医は知らなかったわけです。予期不安にはデパス、という安易な公式にしたがったために、BさんのPTSDを活性化させてしまい、意識変容状態を導いてしまったのでしょう。
柴山によると、「緊張の後に続く弛緩は意識変容を引き起こす契機となる。それはまた身体浮遊感、ヒステリー性昏迷、失神発作、脱力状態、もうろう状態へと通じる経路である」といいます。フラッシュバックが起こりそうな緊張の中、デパスを飲むことで弛緩する。それによって意識変容が起きてしまったのでしょう。
もう1つ、デパスの効用として多幸感があります。幸せいっぱいになってしまう。しかし、これは感情を伴った実際の幸せではなく、薬が作り出した幻、ニセの幸せです。脳にはドーパミンが放出され、なぜだかわからないけれど幸せを感じています。しかし先に説明したように、トラウマを負っている人は、自分の後ろのほうに身代わりになった自分が潜んでいます。
このニセの幸せと身代わりの自分の哀しみは、相いれないものです。ここでBさんのこころの中に混乱が起きたのかもしれません。身代わりの自分の哀しみがニセの幸せに対して反撃を加えたのでしょう。つまり、デパスを飲んだBさんは、その日いちにち、脳とこころが戦っていたのです。その戦いは、記憶を飛ばすほど、壮絶なものだったのです。これはBさんのせいではありません。ある意味、医療事故です。
抗不安薬であるデパスはよく処方される薬です。しかし、その多幸感と依存性(中毒性)により覚醒剤と比較されることもあります。薬による多幸感は自然治癒力を麻痺させ、回復力を削ぎます。症状を遷延化させます。
そのような特性があるためか、デパスを処方しない精神科医(神田橋條治など)も居るのです。デパスは、あえて処方しない薬でもあるのです。ましてやPTSDに対して、その不安軽減のために処方することは慎重でなければなりません。しかし東日本大震災のあと、被災地ではPTSD対策としてデパスが大量に投与されているという話も伝わってきます(この記事は2011年に書いたものです)。Bさんの体験は、それに警鐘をならすものとなるでしょう。
抗不安薬はPTSDへの処方は注意を要しますが、鎮静作用としての効果は使えます。緊張が取れて眠くなります。こころの休養になります。眠くなったら、眠りたいだけ眠ればいいのです。薬を使って、それくらい眠ると、眠くなくなります。そうなればしめたもの、カウンセリングを受けて自分のことを考えることができます。
デパスの一般的な薬効
不安をあおるのがこの記事の目的ではないので、デパスについての一般的な話をまとめておきます。デパスの薬効としてよく知られているものは3つあります。
(1)筋肉をほぐす。心身の緊張が取れて肩こりが軽減します。顎関節症でもよく用いられます。デパスを愛用している偏頭痛や肩こり、背中のコリなどのひどい心理職の先生方も知っています。緊張性のものに効くんですね。そのような先生方の肩をもませてもらったことがあるのですが、確かに柔らかいのですが、でも肩こりがない人のやわらかさとちょっと違う。もんでも底に着かない、底なし沼のようなやわらかさなのです。ですからデパスを飲んでいる人は肩をもめばすぐ分かります。
(2)喜怒哀楽などの感情がなくなる。映画を見るときは飲まないようにする人もいるくらい、感情が平坦化します。だから悲しいことがあっても涙が出なくなります。気分は落ち着いているのですが感動しなくなるのです。つらい抑うつ症状のある人にとっては感情移入しなくなるため幸福の薬となります。デパスを愛飲している人と話していると暖簾に腕押しのような感じがあります。感情がぶれないためにそういう印象になります。
(3)今回のBさんの話でも出てきましたが、解離・離人症状が出たりもします。記憶が飛んだり、ぼーっとしたり、体が勝手に動いている感じ、体から力が抜ける、本当の自分は別のところにいて遠くから見ているような感じをうける、などの症状を体験します。ですから解離しやすい人、フラッシュバックのある人にとってデパスが要注意なのは、この効果のためです。
ただし繰り返しになりますが、一般的に抗不安薬や睡眠導入剤は、長期服用すると薬物依存になります。適正な量を飲んでいたとしても長期で服薬すると、薬の効果が弱まったり抑うつ気分が出てきたりします。日本の精神医療では長期服薬については危機感が薄いですが、欧米では抗不安薬や睡眠導入剤のベンゾジアゼピン系の服薬を4週間以内に抑えて依存を防ぐという方法が取られていることは、案外と知られていません。
参考図書
解離の構造~私の変容と<むすび>の治療論(柴山雅俊)
霊(まぶい)とユタの世界(又吉正治)
愛という勇気(S.ギリガン)
精神科のくすりを語ろう(熊木徹夫)