うつ病治療におけるカウンセラー側の問題

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■社会現象としてのうつ病~「必ず」リストの活用

カップラーメンを食べようと具を袋から出していたときのことですが、調味油で”あとのせ”と書いてありました。あぁ、これは暖めておくヤツね、と思ってそれを取り出したとき、ふと目にとまった文面がありました。

   必ずあとから入れてください。

それをみて、うつ病というのは社会的に要請されている病なんだな、という思いがよぎりました。「あとから乗せる」だけでいいのに、なぜ「必ず」なんでしょうか。それは現代が「必ず」社会なのだからではないでしょうか。時間に追いまくられて待つことのできないADHD社会になったのはずいぶん前のことですが、現代はそこに「必ず」しなければならないうつ社会の様相を帯びてきています。ADHD社会もうつ社会もどちらもアメリカから直輸入されたものです。

みなさんは「必ず」しなければならないことってどのくらいありますか。自分で書き出してみるのも面白いと思います。これとは別の記事で性格の話しをしていますが、そのとき自分が書いた「必ず」リストを見直してみてください。何か気がつくことがあるかもしれません。

自分の日課になっているものを、その「必ず」リストに入れる人もいれば、入れない人もいるでしょう。日課をリストに入れるか入れないかで、そのリストの重みもずいぶん違ってくると思います。日課がたくさんそのリストに入っている人は、一度思い切って削れるものは削ってリストを作り直してみてください。そして前に書いたリストと見比べてみてください。個人個人には色々なリストがあり、何が書かれているか、何が削られたかは、ひとそれぞれですが、自分にとって何を削ったかという視点は重要です。「必ず」リストは、書いたものを削るところにその意義が生まれてくるのです。

それをどういう思いで削ったかを考えてみるのも、ご自分の精神衛生上、治療的です。

さて、また社会の話しに戻りますが、発達障害やうつ病というのは、昔もあったわけですが、現代になりそれらの疾患をもつ人が増えてきているのは、やはり社会的な要因も大きいと感じています。うつ病に限っていえば、現代はすることが多すぎます。それを減らすと何故か社会的に落ちこぼれた印象が付きまといます。自分のやれることだけをやるというのが一番人間としてノーマルな生活なのに、それではダメだと誰かが言います。それは誰なのか、それはいろいろでしょうが、毎日の生活の中から聞こえてくる社会の声もその一つのように思います。

■治療者側の問題

うつ病は、アメリカの統計によると、人口の10~25%程度の人がかかる疾患で、男性よりも女性のほうが少しだけ罹る率が高いとされています(米国プライマリケア医向けMGH心の問題診療ガイド, 2002)。日本の研究でも若干少ない程度です。それだけなじみの深い病気ですが、治療者側が治療開始時の対策を誤れば、なかなか治らなかったり(遷延うつ病)、再発したりする面をもっている病気でもあるのです。

話しを始めるにあたって、まず薬のことから書きます。

内因性うつ病治療の第一選択肢は薬ですが、薬を飲んでいたら100%すっきりと治る、ということは、まずありません。

内因性とは、うつっぽい状態がいつから、なぜ起きてきたのか理由がわからないことを言います。例えば死別したり試験に落ちたり、いじめられて抑うつ気分になった場合は原因がはっきりしているので、うつ病ではありません。それらは心因ストレス(トラウマ)によるものであり薬では治りません。心理療法で回復させる病態です。

内因性うつ病でも確かに薬ですぐ治る人は居ますが、それはまれなケースでしょう。精神科医が「薬を飲めば治りますよ」という場合、それは、薬だけで治りますよ、ということではなく、「まず、ちゃんと薬を止めないでこちらの指示どおり飲み続けてくださいよ」という意味のほうが大きいのです。薬を飲んでいるだけで治る人はそれほど多くはないのですが、薬物によるうつ症状の緩和作用も十分に効果があるので、投薬が始まったら医者の指示にしたがって飲み続けることも必要なのです。薬に過度の期待は禁物ですが、薬への不信もよくありません。薬は飲まないより飲んだほうがまし、くらいで考えておくのがいいのです。そして飲みだしたら、副作用に注意して、体調などは逐一医者へ報告してください。

(カウンセラー側も薬を過度に信頼したり、過度に不信したりする人がいますが、これはクライエントさんと同じ心性です。上のようにほどほどに考えられるよう薬についての勉強も必要です。)

ではすっきりと治るためにはどうすればいいのでしょうか。それは、自分で自分のことがわかるようになることです。自分で自分のことがわかるようになるというのは、ある意味つらい作業です。そのためにカウンセリングが存在しているのです。

抗うつ薬でよくなるのならカウンセリングはいらないのではないかと言う人もいますが、それは逆で抗うつ薬の結果、本人は冷静に考える力がつき、そこでカウンセリングが必要だと気づくようになる、と精神科医の平井は言います(うつ病の治療ポイント, 2004)。特に遷延うつ病の場合は薬がなかなか効きませんので、継続したカウンセリングが必要です。また、薬を飲もうかどうか迷っているときも、カウンセリングを受けることで自分と薬の関係をどうすべきなのか方向性が見えてきて、服薬に至る場合もあるのです。

さて、うつ病は、遷延化したり再発しやすい病気と言われています。この要因は、誤診による対応のまずさがまず挙げられます。内因性うつ病でなくて、心因ストレスによるものだった場合、そのストレスにアプローチしないと、いつまでたっても治りません。

つまり、治らないのは、治療者側の問題が大きいのです。残念ではありますが、このことを自覚していない治療者も多いのが現状です。自分を治してくれる治療者を求めて治療者を変え続ける患者さんの行為を業界用語でドクターショッピングと言いますが、これは患者さん側の問題であるばかりでなく、治療者が患者さんを正しく捉(とら)えることができていないことにも原因があります。患者さんは自分を守るために仕方なく治療者を変えているわけです。

まず始めに、うつ病を考えるとき、治療者側にどのような問題があるのかを3つの視点で考えてみることにします。

(1) まず治療者側が初期対応を誤らないこと。これはうつ病の原因を正しく治療者が理解し、それの解消をめざすための方策を正しく立てることができることを示します。うつ病は、ただ投薬すれば治る一般身体症状ではないということです。それは常識じゃない?と思われる人もいるかと思いますが、この「原因を見極める作業」はかなり難しいのです。精神科外来ではここにあまり時間をかけないことが多く、残念ながら、それが遷延うつ病を作っている原因の一つではないかと私は思っています。また、一つの要因でうつになることはほとんどなく、いろいろな要因が複雑にからみあって発症します。この絡み合いを見極めるために数回のカウンセリングが必要なのです。それを踏まえて、患者さんと治療者が一緒に治療目標を考えるわけです。

原因といいましたが、正確には「構造」と言いかえたほうがいいかもしれません。いろいろな出来事が複雑にからみあって一つの「うつの家」という構造体を作り上げている、そんなイメージを持っていただけるとわかりやすいかもしれません。そう考えると一筋縄でいかないことがよくわかるかと思います。うつ病を始め他の疾患も同じですが、単純に、○○療法で治ります、なんて言えないのが精神疾患の難しいところです。

構造を見極めたら勝負あったというわけではありません。「うつの構造体」を「うつでない構造体」にリハウスするのにも時間がかかります。家の内装を変えたりするのは簡単かもしれませんが、梁(はり)の1本1本を建て変えたり、土台を見直したりする作業には時間がかかることはわかっていただけると思います。うつ病治療もそのくらいのことが必要なのです。

ここに何かとてつもない建物が立っているが、これはいったいどんな建物か全容を見ることはできない、構造なんてわからない、ということもしばしばあります。わからないけれどもどうもこれが臭うな、そういう勘を頼りにカウンセリングが進められることも少なくありません。ここで臭いを感じるカウンセラーの感性も重要な要因になってきます。構造をおぼろげながらも確定するために、心理テストなどを行ったりもしますが、それは単なる補助です。うつ病に限りませんが、テストの結果から、あなたは○○でした、なんてなかなか言えるものではないのです。それはそうなんですが、カウンセラーとしては、なんとかこの先、このクライエントさんと歩く石杖(いしつえ)にしたいと思い、必死の思いで心理テストを取ったりするのです。どこかに光の差す窓はないかと探しながら。

しかし、うつの構造を知ることと同じくらい重要なのは、カウンセラーがクライエントさんのこころのヒダに隠されている耐え難い苦悩がわかることができるかどうか、ということなのです。耐え難い苦悩—心因ストレスでありトラウマです。

(2) この苦悩を理解するためにはカウンセラーとクライエントさんとの間に十分な信頼関係ができていないといけません。つまり両者に安全な空間が育っているかということです。そうでないとクライエントさんは不用意にこころのヒダなんぞ、打ち明けたりはしません。これを専門用語でラポールといいますが、このラポールが取れるかどうかが、まずカウンセリングの行く末を暗示してくれます。カウンセラーはクライエントさんのうつの家の把握を試行錯誤しながら行い、同時にラポールを取る作業を行っていきます。私はこのことを波長合わせと呼んでいます。ニュアンスとしては、信頼関係や受容よりも一歩内側へ踏み込んだ関係です。波長合わせについては、私の研究テーマでもありカウンセラーの重要な在り方の一つですので、別の記事でご説明しようと思います。

(3) 治療者側の問題の3つ目は、うつの構造を見極めたら、治療の目標をどこにおくかをクライエントさんと時間をかけて納得がいくまで話し合いをすることです。これはこれから数ヶ月に渡って行う治療が、治療者の独りよがりにならないようにするために重要なことです。うつ病のクライエントさんはプライドが高い人も多いようです。そのため、プライドを傷つけないようにしながら、クライエントさんが納得のいく目標を二人で設定するのです。

また、(1)と(3)に関わることですが、クライエントさんの症状の本態がうつだけなのかどうかの判断も必要です。うつはあらゆる疾患に併発する現象です。境界性パーソナリティ障害、統合失調症、不安障害、摂食障害、発達障害、引きこもり、不登校などの症状や行為だけでなく、ほとんどの精神疾患に、抑うつ的な気分は現れます。カウンセリングが進むにしたがって、これまで見えていなかった抑うつが姿を現すことも、よくあります。アメリカの精神疾患の分類と手引きであるDSM-5からは外されていますが、抑うつ性パーソナリティ障害や受動攻撃性パーソナリティ障害などの性格傾向をお持ちの方にとっても、抑うつ気分は治療目標の一つになります。この場合、メインの病態を緩和することを治療目標としながらも、抑うつ気分を十分に理解し、抑うつ気分が現れてきたらそこで臨機応変に正しい対応を取ることがカウンセラーに求められます。

うつの構造を知ること、クライエントさんと波長合わせを行うこと、治療目標を二人で決めること、これら3つのことを治療を始める前にきちんとしておくことが、うつ病を長引かせないために、遷延うつ病を作らないために、自殺へ追い込まないために、うつ病の再発を防ぐために、カウンセラー側に求められることなのです。

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