うつの原因について

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ここでは「うつ病の治療ポイント」(平井孝男)を参考にしながら、性格要因、環境要因、身体要因の3つを考えてみます。

(1)性格による要因

ここでは5種類の性格について見て行きます。これらの性格の前提条件として、共通した2つの傾向についてお話しておきます。

1つ目は、うつ病になりやすい人は、【いつも順調に行くことを強く望んでいる】ということです。高い理想をもち、夢(それは幻想だったりしますが)を求める姿勢が強かったりします。そして調子の悪い自分を受け入れることができず、調子の悪い現在の自分を否定します。そして調子の悪いことだけにしか目がいかなくなるため永遠にうつが続くかのような錯覚に落ち込んでしまいます。現在のうつ状態に釘付けになってしまうのです。また自分の周囲も順調に行くことを望み、周囲も自分も順調であることで、その一体感に浸ることを好みます。

順調を望むという姿勢は自然ですし、順調を維持しようとする努力もよいことですが、これには落とし穴があります。それは「いつも順調にいくわけではない」ということを忘れてしまうことです。いつも順調であるというのは一種の幻想にすぎません。残念ではありますが、私たちの生活は山あり谷ありなのです。順調希求の人は、そのことは頭ではわかっているのですが、どうしても気持ちが納得せず、その幻想に囚われてしまうのです。要求水準が高いため、順調を望み続けることは幻想を求め続けることであるということをなかなか受け入れることができないのです。

2つ目としては、【変化に弱い】ということです。慣れ親しんだものが変わるとき変調をきたします。昇進、結婚、試験に合格などの一般的に望ましいとされることに対しても、うつ状態になることがあるのですが、その理由はこの変化に弱いということからきています。

これら2つの姿勢が、これから説明する5種類の性格に複雑に絡み合いながらクライエントさんを形成しているのです。

1) まず単極性うつ病(躁うつ病で「躁」の部分がないということです。)に特に見られる性格として、ドイツのテレンバッハが唱えたメランコリー親和型性格があります。メランコリーとは憂うつということです。この性格を持った方は、秩序や規則正しいリズムのある生活を好みます。勤勉で良心的、責任感が強く、仕事も性格で、完全壁や几帳面で潔癖なところがあり、理想が高い人たちです。またなるべく他者へ合わせ衝突をさけようとし、他人を攻撃するよりも自分が悪かったと自分をまず責める人たちです。こういう人たちは、社会的に望ましい人たちで、企業はほってはおかないでしょう。経営者としてはこのような社員を求めています。いわば、模範社員、仕事人間候補生のような人たちをメランコリー親和型といいます。

この人たちは有能ですが、融通が利かなくて変化に弱いという弱点を持ちます。リズムに乗って仕事が順調にいっているときは創造的な仕事をしますが、リズムが急に変わったときに対応しきれずに、それが抑うつ感を引き起こすのです。メランコリー親和型性格の人は、薬にも良く反応しうつ病になっても治りやすいとされていますが、この変化に弱い部分が緩和されることなく治ってしまうと、うつを再発したり、うつが遷延したりする可能性があります。自分の性格の短所と長所をよく見極めながら世間を泳いでいく視点を身につけていただくことが必要なのです。

2) 次に下田が唱えた執着性格があります。これはメランコリー親和型と似ているのですが、双極性うつ病(躁状態もうつ状態も両方示すうつ病)にも、単極性うつ病にも見られる性格です。几帳面、熱中しやすい、凝り性である、徹底的にやる、強い正義感や義務感がある、自分を甘やかさず人を甘やかせる親分肌をもつ人たちです。昔の小学校には校門に、薪を背負って本を読んでいる銅像がありました。二宮尊徳です。彼は典型的な執着性格と言えるでしょう。

執着気質も成功へのパスポートと言えますが、ストレスで体力が落ちたときでも休息せずに疲労に抵抗し続けて活動を続けるというクセがあります。その結果、疲労が頂点に達し、うつ状態に陥るか、その反動として躁状態へ転じるのです。メランコリー親和型の人もそうですが、執着性格の人も休息するのがとても下手です。常に何かに追い立てられるように生活を続け、待つことのできない性格とも言えるでしょう。順調に事が運ぶことを常に望み、努力すればなんでもできるのだという幻想にしばられているからです。

3) 3つ目にクレッチマーが唱えた循環性格があります。うつ状態と躁状態を循環するという意味で、双極性うつ病に多くみられるタイプです。社交的、明朗快活、親しみやすく、現実的、環境に順応しやすく、活動的で社会的に成功しやすい性格の人たちです。この性格の人は出世するタイプで、多くの実業家の方々に典型的に見られるのですが、彼らの強い同調性に問題があるのです。

周囲に自分を合わせていく同調性は社会生活、企業生活を送る上で大きな長所ではありますが、自分というものを抜きにして単に周囲へあわせてばかりいるとやがて破綻がきます。いい顔をしすぎて負担が自分の中に蓄積するわけです。いろいろな仕事や約束を引き受けすぎるので、躁状態のときはバリバリとこなせるのですが、引き受けすぎたものを消化できない状況になってくると落ち込みがやってきてうつ状態へ転落してしまうのです。調子に乗りすぎないようにすることが、このタイプの人には必要なのです。

4) これは性格とは言えませんが、未熟であることがうつ病を長引かせる要因でもあります。未熟というのは、自己中心的でわがまま、依存的、自分の思うようにならないことに対する耐性が低い傾向のことです。子どもっぽいということですね。この未熟さからくる抑うつ感はかなり範囲が広く、出社拒否、不登校、引きこもり、パーソナリティ障害(特に自己愛性パーソナリティ障害)などとかぶってきます。

このタイプの人は未熟さゆえ、悩む能力がないので、自分で抑うつ感を改善しようと取り組む姿勢も低く、たとえ治療を始めてもうつ病が遷延化しやすい傾向があります。治療が難しいタイプです。カウンセラー側にも依存を向けてくることもあるので、自己愛性パーソナリティ障害のクライエントさんへの対応と同じように、クライエントさんがご自分で苦悩と葛藤を語り出すことのできる関係性を築きながら、自分にしか向いていなかったプライドを、いかに他者へ向けられるようにできるかが治療のポイントとなるでしょう。

言葉で言うのは簡単ですが、ここでのやり取りはとても難しいものです。カウンセラーが感じている迷い、諦め、それに対するカウンセラー自身の苦悩などをカウンセリングの急所でクライエントさんへ返していくことが必要です。それにはじっくり「待つ」ことのできるカウンセラーでなければなりません。急所を見極める眼、クライエントさんへ波長を合わせていく姿勢なども要求されますので、カウンセラーの力量が試されるケースでもあります。

5) 最後は抑うつ性パーソナリティ障害的な性格傾向です。このタイプの人は、前の未熟タイプな人とは正反対で、良心的で責任感が強い、もの静かで内向的、優柔不断、自己否定的で悲観的、この世には楽しみは何もなく、失敗に囚われて、自分は永遠に不幸であると考えています。小さい頃に不幸な体験をしているか親が厳しすぎることが原因だったりします。

非常に真面目で能力に優れているので、社会の中で目立たないように静かに生きていくことができますが、頼りにしていたものを喪失することで、一気に抑うつ気分に落ち込むことがあります。もともと自己否定の塊の中で生きてきたので、この習慣はなかなか緩和させることができません。そのため治療も難しくなります。カウンセラーがクライエントさんの自己否定の中に沈み込みながら、一緒に出口を探していくようなカウンセリングになるでしょう。未熟タイプの人のカウンセリングと同じく、十分に時間をかけて地道に進んでいくことに耐えることのできるカウンセラーが必要とされます。

4)や5)タイプのカウンセリングは難しいのですが、最近は未熟タイプの人でうつ症状を訴える人が増えているようです。そのような人は治療が難しいため、治療者の力量が追いつかず、うつ病の遷延化に一役買っているという治療システム側の問題もあるでしょう。

(2)環境による要因

環境によるうつ病の要因としては、1) 個人的な出来事と、2)仕事に関しての出来事の2つに分けることができます。

1) 家族や友達との別れ(死別)、子どもの自立や結婚、家庭内不和、妊娠、生理、老化、離婚、転居、いじめ、急に楽になる(これまでの負担が急になくなる)こと、などが個人的な要因としてあげられます。つまり、心因ストレス— トラウマです。

2) 配属の移動、仕事内容の変化、昇進、定年、業績不振、研修、病気休暇から再出勤するとき、などが仕事に関しての要因としてあげられます。

これらは、どちらも、自分が気にかけている対象を失ったという対象喪失をベースに持つうつ病と言えます。自分が気にかけていたものは自分の一部あるいは全部であったため、それが失われることで自分の一部あるいは全部が失われてしまったという思いに囚われることによりうつ病を発症するのです。環境による要因を聞くと、なんでそんなことで…と簡単に考えられがちですが、対象喪失とはいうものの、実は自己喪失と同じ意味をもっており、自分がなくなったという空虚感や恐怖は、乳飲み子が母親を失ったときと同じくらいの得たいのしれない不安を起こさせるものなのです。

カウンセラーは、このクライエントさんの空虚感に寄り添いながら、対象へ没入する傾向のあるクライエントさんが、距離を取って対象と関係を築けるよう自立を促しながらカウンセリングを進めていくことになります。

(3)身体による要因

身体因は見逃されやすいものです。特にカウンセラーは医師ではないので身体症状には疎いのはわかりますが、身体因もうつ病の原因の一つであることをわかっていなければなりません。

老化、認知症、ガン、思春期・閉経期などのホルモンバランスの崩れなどによるうつ状態や、ステロイド・インターフェロン・降圧剤、抗精神病薬(リスパダール、ドグマチール、アビリットなど)・抗ガン剤・消炎鎮痛剤・消火器系薬剤・抗不整脈剤・性ホルモン剤・鎮咳剤などの多くの薬剤によって引き起こされるうつ状態があります。クライエントさんが向精神病薬以外の薬剤を使っていないかどうかも、カウンセリングのときに尋ねておく必要があります。

活動→休息→活動→休息、という生き生きとした生命力のリズムが乱れていることも原因の一つです。クライエントさんの話しを聞いていて、なんだか生活にメリハリがないなと感じたら、ストレスのかかり具合を検討しながら、身体症状や他の薬を併用しているかどうかを聞くことも大切です。

■調子というもの

さて、人の調子というのは、大きくわけて3段階あります。

(1)うつ
(2)うつでも繰(そう)でも、どちらでもない
(3)繰

分かりやすいように、
(2)どちらでもない状態が、(1)うつと(3)繰にサンドイッチされていると考えてみてください。

普通に生活できているときは、この3つの状態がそれぞれバランス良く、拮抗せずにそれぞれ1/3づつ、自分の身体の中に存在しています。

さて、うつっぽくなるとは、(1)の領域が拡大していくことです。(1)と(2)の境界線=うつの気分ラインが(2)へ向って移動していく感じです。そのため(2)の領域が狭まってきます。そして、症状がひどくなると(3)の領域まで侵食し、自分の身体の全域がうつにおおい尽くされてしまいます。これが大うつ病です。

同じように繰になるとは、(3)の領域が拡大し、(2)が狭まり、(1)の領域を侵食することです。(3)と(2)の境界線=繰の気分ラインが(2)へ向って、さらに(1)へ向って移動します。これが躁病です。

大うつ病は、うつの気分ラインの変動が激しく、双極性I型やII型(繰や軽繰が混じるうつ病)は繰の気分ラインの変動が激しいわけです。

うつ病とは、精神医学用語では気分障害(Mood Disorder)と言うように、気分の障害です。つまり、上で説明した「気分ライン」の問題なのです。このように考えると、うつ病と躁病の状態がわかりやすいと思います。

ここからが問題の核心に入っていくのですが、
大前提として知っておいてほしいことは、

「気分は変動するものである」

ということです。

これがあたり前なのです。もし気分が変動しなければ、そっちのほうがおかしい、なんらかのパーソナリティ障害が疑われます。つまり、気分が変動して、うつっぽくなったり繰のようになったりするのは、人間である以上仕方のないことなのです。

その気分ラインの変動が大きすぎて支障が出ている状態を「病気」と言うのです。
支障がなければ、それは病気ではないので、医者へかかる必要は全くありません。

例えば、とても大切な人を亡くした、それで気分が落ち込んでいる。動けない。悲しくて悲しくてどうすることもできない。これを悲哀反応と言いますが、この状態の人を「うつ」であるとは誰も言いません。これは正常な反応なのです。病気ではありません。

それとは別に、なんだかわからないけど、調子がおかしい、落ち込む、これをメランコリーと言いますが、この状態で動けなさのあるとき、うつ病という名前をつけます。

うつの薬の役目は、このメランコリーな気分をマヒさせて感じないようにさせることです。うつ気分を感じないわけなので、頭は一時的にクールダウンします。けれど薬を止めるとまたメランコリー気分に戻ります。再びうつや繰の症状に陥(おちい)るわけです。うつや繰の気分に溺(おぼ)れてしまいます。これを再発と言います。

この意味では、薬というのは「気分」に作用するわけです。本来変動するものである気分に対して作用しているわけなので、抜本的な治療にはなりません。なぜなら、「気分は変動するものである」からです。

うつ病治療は、薬を使って頭をクールダウンさせている隙に、カウンセリングでその人の変動しないものの改善を行います。

気分障害とは、外見上は確かに「変動する」気分の障害なのですが、それは見た目であり、根本的には「変動しないもの」の障害なのです。

心の中で、
変動するものは「気分」でした。
では変動しないものはいったい何があるのでしょうか。

精神科医・辻悟の治療精神医学の観点からすると、
比較的変動しないものは論理性や現実性が挙げられます。
論理や現実というものは、気分とは違って一貫性が強いということです。

この現実性ですが、繰の場合とうつの場合では現実からの遊離の度合いが違います。調子に乗ることができると繰状態へ突入していきますが、調子に乗るためには現実性というブレーキから足を離さないと実現できません。その意味では、繰状態のほうが現実性とかけ離れている度合いが大きいと言えます。うつは動きが低下するので現実との遊離の度合いは低いわけですが、うつという気分に取り込まれている、溺れているという面では、繰状態と同じような質を持っており、その意味においては、やはり現実と遊離しているのです。

また、人と人との絆(きずな)も比較的変動しない安定したものです。時間によって変動の少ないものの一つです。不安な状況にどうしても直面しなければならなくなると、人は、重要な人との空間的距離を縮めます。

例えば、隣人との間で何かの問題が起こったとします。そのとき、家族は実際に自分たちの距離を縮め、何の用事もないのに狭い茶の間に全員が集まって時間を過ごしたりします。これは具体的な空間の距離を縮めることで、家族間の絆を確認している作業なのです。不安という変動しやすい気分に翻弄(ほんろう)されないように、変動しにくい家族の絆というものを確認しているのです。そういう家族であるのなら、精神疾患にはなりにくいのではないでしょうか。

この意味でも、いつでも「絆」を確認できる人を身の回りに置いておくことが大切です。普段から、何かあったら親身に相談できる友人を作っておくことは健康衛生上、大切なことなのです。うつや繰になりそうな時は、事前に連絡をして会う約束を取り付けておくことも、躁うつ病の予防効果は高いです。

気分は時間によって変動するもの、絆や現実性は比較的変動の少ないもの、ということがわかりました。

そうすると、躁うつ病というのは、時間的に変動する気分が、その人の心の中核をしめているということです。つまり、変動しにくい「人との絆」を、自分の中核に置く力が弱いということになります。

なぜ時間的に変動しにくい「絆」や「現実性」を中核に置くことができないのか、
そして、その人にとっての「絆」とはいったいどういうものなのか、
それを共感しながら共に探求し、必要なときがきて決断に躊躇しているのなら、そっと背中を押してあげることが、繰うつ病のカウンセリングの基本となります。

絆を作りたくても作れず、縁を切ったり切られたりして生きてきた、そういう人もいるでしょう。その人の在り方は、そうせざるを得なかった背景も当然あると思います。それが人間関係の絆を歪めていることもあるでしょう。そこを焦らずにじっくり話しながら、カウンセラーとの二人の関係を深めていくことです。
この作業によってクライエントさんは変動しない絆作りの新しい体験をすることになります。そして、その絆作りの疑似体験が再出発への糧(かて)となるのです。

参考図書:治療精神医学への道程(辻悟)

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