トラウマ理論と発達理論はオーバーラップしている部分が多いです。トラウマの理解の前提として発達のことがわかっていると理解しやすいです。ここでは人のこころがどのような時期を経てどうやって発達していくのかをお話しします。受精から死に至るまでを眺めてみます。
ここでの話は一般的なものなので、各個人では時期も内容も異なってきてあたり前ということを忘れないように読んでください。
両親から得られなかったものを周囲の環境から吸収しながら、発達の危機を乗り越えてこられた方も多いかと思います。また、大人になってから幼児に得られなかった未完の感情を処理できた方もおられるでしょう。
現在、精神的な症状でお悩みの方は、ご自分の危機がどの時期にどのように存在しているのかを理解するために、カウンセラーの方は、クライエントさんの悩みがどの時期に固着しているのかを理解するために、この記事を利用ください。
【胎生期】
母親の卵巣の中で受精した卵細胞は、ものすごい勢いで生命の全進化の過程を体験すると言います。例えば、受精卵は受胎32日目には古代魚類、34日目には鼻と口が分化した両生類、36日目には陸上へ上陸する古代は虫類、38日目には原始哺乳類、40日目には人間の面影が宿り、60日目には大きな頭と両手足のある人間の形になるそうです。
およそ30日で魚類から人間にまで進化します。およそ何十億年もかけて行なわれてきた進化の歴史を、母親は自分の体内で30日間という短期間で体験するわけです。この急激な進化は、当然母体には負担なわけで、胎内に進行する激動に必死になって耐えている、いわゆる「つわり」を体験することになります。つわりとは、身体の中で起こっている進化劇を象徴する「まぼろしの病」であると、医者の三木成夫は位置づけています。
胎児はすでに感覚や知覚能力があり、特に聴覚の発達が大きいです。妊娠24週頃から音を聞き始めます。子宮内にマイクロホンを入れると、心拍音や母親自身の声、父親や兄弟など周囲の人間の話し声、音楽や日常の雑踏などさまざまな音が聞こえ、胎児は母体内外のほとんどすべての種類の音を聞いています。胎児が音を聞いているかどうかは胎児心拍数の変化によって調べることができるそうです。
触覚は妊娠14週までに頭部の上部と後部を除いて全身が感応するようになります。視覚は妊娠28週頃から光に対する感受性を示し始めます。実際、母親のおなかの上で明るい光を点滅させると,胎児はまばたきをします。味覚は妊娠28週頃から働きだします。
そして記憶については特筆すべき能力をもっており、胎児のとき経験したことがしっかりと残っています。妊娠後期(特に周産期)に母親が声を出して繰り返し読んだ物語を出生後にも好んで聞きたがることがわかっています。読み聞かせというのは、出産前から大切な行為なのです。(ただ、なんでも胎教すればいいというものではありません。母親が好きではないことをすることは逆効果です。母親の好きではない気持ちは、血中ホルモンの濃度が変化することで胎児にも一緒に伝わります。そして胎児もそれが好きではなくなります。)
このように胎児の記憶は、出世後も胎児を縛る要素になっていくのです。周産期とは妊娠7ヶ月目~産後1週間くらいをいいますが、この周産期にトラウマがある人は、毎年その時期になると体調を崩す人がいます。例えば4月生まれの人で周産期にトラウマのある人は、1月~4月にかけて体調を崩したりします。気候や気圧の変動が原因かと思っていると、思いもかけないことに、周産期の記憶がトラウマとして残っていることが原因の場合もあるのです。
なかなか周産期のトラウマを覚えている人はいませんが、周産期のトラウマワークをやると身体が反応する人がいるのです。周産期のトラウマとは、母親が自分の誕生にストレスを覚えている、夫婦仲が悪い、母親の感情がすぐれないなどです。このように胎児は母親と交流しているわけですが、この交流が障害されていると、安全感という部分に大きな影響がでてきます。安全感とは、基本的信頼感=無条件の愛のことであり、無条件の愛は両親とその子どもの間にしか存在しませんので、周産期のトラウマが胎児にとってかなりのダメージを及ぼすことは想像していただけるかと思います。
さてここで、新しい子どもを迎えるにあたって、夫婦の在り方を考えてみましょう。それが子どもの発達にも大きく影響してくるからです。
夫婦、配偶者関係というのは、かなり独特なパートナーシップです。対等と侵入が交互に行われる人間関係です。お互い対等に個人の自由を認め合う人間関係なのですが、まず性的な部分でお互いの身体に侵入し合います。そして、経済的にも侵入し合います。稼いできたものをお互いに公開しあって、それを夫婦間でどのように使っていくかという相談をしあうのです。性と経済に関して侵入を許しながら、対等に付き合うというパートナーシップは、夫婦以外にはありえません。
結婚4、5年くらいまではラブラブな期間を過ごすのではないでしょうか。お互い気に入らないことがあっても、ラブラブに過ごせると思います。問題は5年くらいを過ぎてから起きてきます。ラブラブな期間をすぎてしまうと、本当の意味でのパートナーシップが求められるわけです。対等と侵入を許す信頼関係です。
夫婦関係というのは独特な関係なのですが、そこに赤ちゃんが入ってくると、それは異分子として登場します。赤ちゃんというのは、夫婦二人のお互いの自己愛の余剰部分で授かるものですが(自己愛を分けてもらえず世の中に登場してくる場合、その家族は機能不全の芽があるとみなします。これはアディクションの温床となります。)、夫婦という親密な関係に割って入ってくるわけなので、異分子なのです。
これを家族システム論で考えると、家族内には家族ホメオスタシスという、家族内でまとまろうとするチカラ関係があります。これは結束力として扱えば良い点もありますが、結びつきが強い分、異分子は排除するという悪い点もあります。赤ちゃんは、そのチカラ関係の中に登場してくるので、排除されてしまう可能性もあります。この排除しようとすることが、お腹の中にいるときに起きてくる可能性が非常に高いのです。この排除するチカラ=家族ホメオスタシスを、10ヶ月間赤ちゃんがお腹の中にいるときに夫婦が乗り越えられるかどうか、ということが非常に重要になってきます。
場合によっては乗り越えることができず固着してしまう場合があります。赤ちゃんの誕生というのは喜ばしいことですが、夫にとってはどきまぎもすることです。この、どきまぎな感じというのは乗り越えられていないときに生まれます。ここをどう乗り越えるかということですが、妻のお腹にいる自分たちの子どもをどのように認知していくかということです。異分子として排除しがちになる状況を変えていくわけです。そのためには、妻と一緒に母親学級に出たりして妊婦さんの会に率先して出かけることも良いことです。
新しく登場してこようとしている異分子を排除する動きは、まず夫の妻への無関心という形をとって現れてきます。妻は妊娠してお腹に新しい家族がいる。この事態、この妻の新しい状態をどのように受け入れていくか。それが胎児のときに、夫婦がやっておく仕事なのです。妻は妻で、出産したらしばらくは母子の二人関係に没頭することになります。夫は妻が安心して母子関係に没頭できるような環境を整えておくことです。
2つ目の異分子排除の動きは、妻が自分の妊娠を悩むことで現れてきます。妊娠して子どもができることは幸せと感じる人もいれば、そのことを悩む人だっているのです。これはどちらが良いとは言い切れません。もっと仕事がしたかったのに、もっと遊びたかったのに、母親になる自信がない、さまざまな葛藤が起きてきて当然です。この葛藤はなかなか夫にはわかりづらいようです。わからないため、妻にはそれが、自分への関心がなくなったように思われて不満がたまったり、非常に哀しくなったりします。これがマタニティーブルーです。
妻のこの不満や悲哀に対して夫からの手当てがないと、夫との関係に亀裂が生じます。これを避けるためには、夫のほうが妻と胎児の交流に関心を寄せて、自分もその一員であることの自覚を持つようにしなければなりません。つまり、妻が妊娠ということで新しい状態になるのと同時に、夫も新しくなることが要求されるのです。二人が新しく変わることで、異分子排除のホメオスタシスという動きを乗り越えていくことができるのです。
胎児は、親指を内側に握って羊水の中で生活しています。親指を薬指の第一関節に当ててから残りの指で軽くグーを作ってみてください。これが胎児の指の形です。この形は太極拳にも応用されていたり老子の道徳経の中にも出てきます。人間にとって基本的身体動作の一つです。胎児とコンタクトするときは、この動作を取りながら話をしてみてください。少し深い部分で胎児とつながることができるかもしれません。
乳児院に勤める友達の観察によると、何かを握るようになってくると親指が外側になってくるそうです。なるほど、何かを握るということは、あちら(お腹の中)からこちら(誕生後)に来た証(あか)しということでもあるのか。しかし何も握らないというあちらの世界は、何も握っていないわけでなく、自分(=親指)を握っているわけです。つまり、あちらの世界はどこまでも自分の世界、親指が外へ出る握り方というのは自他の分離が始まった証拠でもあるのです。大人はいつも自他の境界、線引きのされた世界で生活しているので、逆にその境界のない自分だけの世界へ戻る意味はとても大きなものがあります。たまに胎児の親指内側グーをやってみると何か発見するかもしれません。
参考図書:
心理学辞典(有斐閣)
胎児の世界(三木成夫)
カウンセリングに生かす発達理論(遠藤優子)
アセスメントに生かす家族システム論(遠藤優子)
子どもを支えることば(崎尾英子)
Golden Slumbers (Beatles)
愛という勇気(スティーブン・ギリガン)