■成人のADHD
ADHDは、ある意味、仕事で成功するためには不可欠な障害であるとも言えます。創造にあふれ精力的に仕事をこなしていくにはADHD的な要素が不可欠だからです。その特性が周囲の対人関係において順調に機能しているときは病識は(さほど)感じませんが、ひとつ歯車が狂い仕事が回らなくなってくると、その障害に直面せざるを得なくなります。(ここが躁うつ病とは違うところです。)
さて、大人のADHDはどのようなところに現われてくるのでしょうか。主に、次の3つのことに着目すると、その様相がわかります。
①セックスの問題
②職場での問題
③趣味の問題
①セックスの話はなかなかしにくいところがあるかと思いますが、この部分にまず典型的なADHD的なものが現われやすいものです。女性、男性に限らず、ADHDの方は、性欲が亢進しやすい。そして何回しても満足できない傾向があります。肉体的にはすっきりしてはいるのですが物足りなさがあるのです。これは性欲が満たされないのではなくて、セックスに集中できないためです。セックスの最中、翌日の仕事のことを考えていたり、テレビの音などに気がそれてしまって集中ができない傾向があります。それが物足りなさを導くのです。
男性の場合は、前戯や後戯や抱擁などをおざなりにして、挿入を急いだりします。セックスは、相手とのスキンシップを楽しみながら愛撫をし合い、お互いを確認しあうところに快感があるのですが、それをやらないのです。その上、退屈しやすい性質のため、飽きが来てしまい勃起したペニスが途中で萎えたりします。(これはADHDの症状に特有のものではなく不安・その他の症状から来ることもあります。)退屈しやすいため、刺激を求めずにはいられなくなり、異常なプレイや乱交などリスクの高いセックスに走ることもあります。
セックスの話は、お互いにパートナー同士でよく話し合うことが必要です。お互い、とても気持ちのいいセックスをしたときもあるはずです。そのことを十分に話し合うことが大切です。例えば、男性が女性に向って、人形とセックスしているように感じると話したとき、女性は、そのときは気乗りしなかったのだ、と答えるかもしれません。そういう話し合いからセックスの問題が解消していくきっかになることがあります。セックスの問題は、パートナーにとって大切な問題ですので、放っておくわけにはいかないのです。
パートナーとの関係においてADHD的な傾向はセックスにおいて典型的に出てくるものですが、日常生活でも色々な問題を引き起こします。
だらしがない、とはよく聞かれる訴えです。他の人が楽しいと思うことを楽しめないという抑うつ症状のような訴えも典型的なものです。これはADHDからくる感情の不安定さによってアンヘドニア(失感情症)の状態になっているためです。ちょっと見ただけでは、うつ病と大差ありません。実際、遷延うつ病(長びくうつ病)と診断されている方の中にも、うつが中核の症状ではなく、ADHDがその中核症状である方もいらっしゃるわけです。「壁に向って話している」ように感じると言われる場合、その人にはADHD傾向があるのかもしれません。
②大人のADHDの症状の多くは職場で現われます。
次の5つのことをチェックしてください。
1.報告書や交際費などの雑務的な報告書の提出が遅れる常習犯である。
2.計画を立てても、締め切りに間に合わせて仕事をやり遂げられない。
3.騒音が気になる。壁のないフロアで仕事ができない。部屋のように壁で区切られた空間が必要である。
4.仕事の全体像をとらえるのは得意だが、細かなことになると失敗する。
5.何度も同じことを繰り返す作業ができない。苦痛である。
これらの5つのことは、ADHDでない人にも当てはまりますが、これら5つ「すべてに」該当する場合、ADHD傾向がかなり強いと思われます。
社会適応がうまくできているADHDの人は持ち前のエネルギーでバリバリ仕事をこなしていくために、上のような苦痛を持っていても、なんとか仕事をこなしていくことができます。その意味では、ADHDの人がやれない職種はないとも言えます。それだけ能力をもった障害であるわけです。不注意、衝動性、多動性、散漫性がいつも生活に現われるわけではありませんし、その障害を補うだけの社会性と性格的長所を、大人のADHDの人は備えていて、社会適応ができるのです。
社会適応の例としては、報告書を書くための時間を一週間のうち半日、どこかの曜日に取っておく、騒音が少ない朝方の出勤形態に変える、同じような仕事でもどこかに違う要素を含めてメリハリを自分で工夫する、など、自分の弱点をコントロールすることは、やり方次第で可能なのです。
職場のADHD傾向は、ジョブコーチ的な視点に立って、自分で自分をコーチしながら、自分に合ったやり方をカウンセラーと一緒に見つけていくやり方が効きます。
③趣味の問題として、ADHD傾向のある大人は、スカイダイビング、バンジージャンプ、ギャンブルなど危険な娯楽に興じる傾向があります。ハリウッド映画の架空のスーパースター・インディージョーンズ。彼は典型的なADHDと言えるでしょう。
これらの3つの傾向はいつもどこかに現われるわけでなく、社会適応しているため、ほんの限られたときにポツポツと現われるにすぎません。それよりも、うつ病や境界性パーソナリティ障害との誤診を気をつけなければならないでしょう。
しかし、これらの3つの傾向は、ADHDでなくとも、どなたも大なり小なり持ち合わせているものです。DSM-5のADHDの診断基準は別の記事でご説明しますが、そこではADHDの診断基準となっている出現頻度は「しばしば」というあいまいなものです。しばしば毎日の活動を忘れてしまう、という表現なのです。この「しばしば」をどのようにとらえるか。これは個人によっても異なりますし専門医によっても異なります。つまり、ある医者はADHD、ある医者はADHDではない、自分本人としてはADHD傾向があるように思う、このように診断が分かれる可能性がある障害なのです。
ですから、ADHD傾向というものは、障害としてとらえるより状態としてとらえたほうが、成人のADHDの方にとっては生きる術(すべ)を開拓していくうえでは良いのではないかと思います。別の記事で書いていますが、アダルトチルドレンというのは障害ではなくて状態です。それと同じようにADHDは障害ではなく状態としてとらえるのです。これによって、ADHDの有効利用ができてくるのではないかと、自称ADHDの私は思うのです。
これはADHDだけに限りません。成人の発達障害は、障害としてとらえるのではなく状態としてとらえる、という戦略を取ったほうが、その状態を有効利用していける可能性が飛躍的に大きくなると思います。
さて、話は前後しますが、これら3つの傾向は、ADHD特有の次の4つの中核症状から現われてくるものです。
○散漫性
○衝動性
○多動性
○不安定な感情(注意力障害)
○散漫性とは、現在していることと無関係な音や目に入るものに気を取られやすいことです。このため記憶がなかったり、作業に集中できず、他人の指示に従えなかったりします。周囲の人にとっては、この行為が受動攻撃性パーソナリティ障害に近い言動に映ったりします。この散漫性による記憶の問題は、過去の出来事から自分の体験を呼び起こしてそれを利用して事に当たるということができないことをもたらします。つまり、何度言っても覚えない、何度やっても学習できないという事態です。また繰り返しの単調な作業をやり遂げることができません。
散漫性により色々なものに気を取られるのですが、自分の内面でわき上がる考えや空想に心を奪われてしまうとボーッとした印象があったり、周囲で起こることにほとんど無関心なように見えたりもします。この部分だけを取り出すと、解離性障害と誤診されることもあるのでしょう。
ADHDの人は小中学校の成績はよくて、高校になってからガクンと落ちることがあります。これは小中学校の課題は比較的簡単なことと、指示もはっきりしているためにやりやすいということがあります。高校や社会人になると、課題も複雑になり答えを得るにも幾つもの選択肢があり何をやっていいのか迷うときがあります。そのときADHDの人は困難に直面するのです。
○衝動性とは、場にそぐわないことを不用意に口走ったり、急に怒りを爆発させることです。強い刺激を求め、危険なことをしたり、薬に走ったり、交通違反、ギャンブル、アルコールや麻薬の乱用に興じたりします。過剰な性欲、衝動買い、クレジットカードを乱用する、順番が待てない、趣味のものを過剰に収集するマニア癖などがあります。辛抱ができず、すぐに結果を求めてしまう傾向があります。情報を充分に吟味せずに成り行きで行動するため、周囲の人がそれに振り回される結果になってしまい、対人関係に大きな問題を発生させてしまいます。
○多動性とは、落ち着きのない行動です。ADHDの人が成人になると、身体をもじもじさせたり、べらべらとしゃべったりなどの傾向は収まってくることが多いです。しかし、一定時間座ったりしている場で、心の内側で緊張感が高まったりします。多動としては現れませんが、心の中で多動傾向にスイッチが入っている状態です。息を止めているような感覚を味わう方もいます。子どもの頃からのチックをそのまま持ち越して成人になる人もいます。チックの頻度は減っているのですが、それときっぱり別れているわけではない状態です。落ち着かなさを鎮めるために、始終に口の中に食べ物を放り込んでいるようなことも、多動の代償行為と思われます。
ADHDの成人は活動あることをしたり、しゃべり過ぎたり、せっかちな応答をしたりすることを隠している場合があります。そのために心では尋常ならぬ緊張感に支配されてストレスがかかりっぱなしになっているのです。
○あるときは不機嫌だったのに突然興奮するように気分が変わりやすいという、感情の不安定さを持つこともADHDの人の特徴です。気持ちがコロコロと変わるのです。この気分変動は何か原因がなく発生するときもありますが、日常のささいなストレスでスイッチが入るときもあります。このスイッチの入り方は突発的で、自分ではどうしようもできない状況に追い込まれると、簡単にスイッチが入って落ち込んでしまいます。
このような変動は躁うつ病に見られるような深い落ち込みやハイテンション(飛ぶような感じ)のある重篤(じゅうとく)なものではなく、持続期間も短めです。数時間から一日程度です。このようなADHD的な抑うつ傾向は、ADHDと診断されていないがそのような傾向を持つと思われる成人の方にはよく見られる症状で、自分の能力を思うように発揮できず期待通りに事が運ばないことが長年に渡って続いた結果、うつ病を発症するケースがあります。
躁うつ病とADHDの見分け方は、躁状態の人は、自分の症状(軽躁ということ)に対して問題と思ってはいませんが、ADHDの成人は、自分の行動に困惑したり混乱していたりして自己違和感を持っているところが大きな違いです。
このような出来事を問診しながら伺うことで、ADHDの診断が行われるのですが、現在診断基準として用いられているDSMは、子ども用の診断基準なので、それで成人のADHDを診断することは非常な困難を伴います。それで、別の基準が考えられたりしており、どのような基準が用いられているかについては別の記事で説明します。
子どものADHDに比べて、成人のADHDがいかに困難な状況に追い込まれているかについて Weissの言葉を紹介しておきます。
子どもは周囲から与えられたルールを守ることを求められるのに対し、大人にはある程度の選択の余地がある。ただし、大人になれば責任も大きくなり、生活全般をうまく管理する必要が出てくる。仕事をこなし、家族を養い、ローンを返し、税の申告をし、車は安全に運転し、人との約束を果たし、その他日常的なさまざまな社会的要請にきちんと対処していかねばならない。大人のADHDでは、そうした事柄の多くに責任を持ったりやり遂げたりすることに問題が生じやすいのである。 (M. Weiss et al., 1999)
参考図書:
Weiss, M. (1999) ADHD in adulthood: Guide to current theory, diagnosis, and treatment.
■他の症状との合併
ADHDかどうかを診断するとき、他の症状を合併しているか、または他の症状と間違えてはいないか、などの注意が必要です。
まず、DSMの診断基準には含まれませんが、物事を先延ばしにすること、欲求不満に耐えられないこと、気分が変わりやすいこと、挫折感があること、自尊心が低い、社会人として取るべき態度を取れない、などが、典型的にADHDに現れやすい症状です。ここはまず押さえておきたいところです。
○気分障害(うつ病)
うつ病はADHDと最もよく共存してみられる症状です。また、うつ病と成人のADHDの鑑別は非常に難しい問題です。特に、成人のADHDは多動が少なく、不注意が優勢になってきます。うつ病も注意力が低下する病態であり、この状態でうつ病との鑑別は不可能に近いのです。
うつ病の症状の一つに「喜びの著しい減退」という項目があり、これはうつ病の本態症状であるわけですが、この快感消失的な性質がADHDの方にみられることがあります。快感消失とは、多くの人が楽しさや嬉しさを覚えること、例えば誕生日や記念日や何かに成功したことなど、に対して、喜びや興奮を感じないことです。無感動の状態です。
この喜び消失が、どのくらい続いているかということがうつ病との鑑別を考える際に役に立ちます。うつ病の方のこの喜び消失の期間は、数週間~数ヶ月に渡りますが(あるいはそれ以上)、ADHDの方は頻繁に気分が変動する傾向があり、数分~数時間のうちにうつ状態と高揚感の間を揺れ動く傾向があります。
しかし、これらは、あくまでも傾向であり、うつ病と成人のADHDとの鑑別が難しいということは変わりありません。
○不安障害
ADHDの方の25%は不安障害を併発しているというデータがあります(Biederman, Newcorn, and Sprich, 1991)。不安によって、注意や集中力がそぎ落とされ、記憶力が悪化し忘れっぽくなります。ADHDの方が、パニック障害や恐怖症性障害などを起こすことはまれですが、全般性不安障害を併発するおそれはあります。
ときどき頭がボーッとし、ストレスによって何らかの考えが頭から離れなくなり、仕事にも影響がでて不眠に悩まされている。この悪循環から抜け出すことができない。このような集中力のなさや忘れやすさというのは不安障害では見られるものですが、ADHD、特に不注意優勢ADHDにもよく見られる症状なのです。
○強迫性障害とパニック障害
強迫性障害とADHDは共存はしません。ただ強迫傾向のあるADHDの人は、本来の課題や目的を見失うほどに物事に集中し没頭することがあります。これは自分の行動に収集がつかず、それを補うために「完全主義」を強迫的に身にまとっているのです。そのため、強迫的な行動を取ったとしても、通常の強迫性障害にみられる強迫観念はありません。つまり、強迫性障害の方は、その強迫的な行動を起こす前に何らかの不安に圧倒されるわけですが、ADHDの人はその不安がないということです。また、通常の強迫性障害に見られる儀式的行動、反復的な行動、不合理な行動は、ADHDの方にはみられません。
パニック障害に関しても、前述したようにADHDとの併発はありません。
○反社会性パーソナリティ障害
ADHDの子どもの場合、行為障害を併発しているケースはしばしばありますが、ADHDの大人の場合、反社会性パーソナリティ障害による違法行為もよく見られます。反社会性パーソナリティ障害の人は、自分が病気であるという病識がないことが多いのでそれを治そうとする意識もありません。
ADHDの人は規則を守ろうとはするのですが、その衝動性によって行動のコントロールができずに違法行為をしてしまいます。それに自分で困惑します。反社会性パーソナリティ障害の人は規則を認識はしているが、それを守ろうとせず自分で破ろうとします。規則を破りながら快感を感じます。結果は同じでも、経過が全く違うのです。
また、反社会性パーソナリティ障害の人もADHDの人も、成功を収めやすいのですが、前者はとても計算高くソロバンをはじきながら人をコントロールしますが、後者ADHDの人は計算をして人をコントロールしようとはしません。(この計算をしないというところは、境界性パーソナリティ障害の方と似ています。)
○双極性障害(躁うつ病)
成人のADHDのところでも書きましたが、多動や衝動性は躁や軽躁と間違われやすいです。また双極性障害の人にも、ADHDの成人にみられるような散漫性や危険行為をすることがあります。
どちらの障害にも、怒りやすかったり、頭の中にものすごい勢いでさまざな考えが浮かんでそれらがまとまりをもたず混在しているような症状があります。それが歯車が噛みあっているときは仕事上で業績をあげることができ自尊感情も高くもつことができますが、一つつまづいてしまうと収拾がつかなくなり、自己否定に陥ってしまいます。これらの症状があるとき、双極性障害かADHDのどちらか、あるいは両方の場合があります。
双極性障害では、症状が4日以上続くこと、高揚した気分と怒りやすさおよび自己誇大性などを伴っているところがADHDとの差になります。ADHDの人も怒りやすさや不安定な感情がありますが、それはストレス耐性の低さや自尊心の低さ、そしてなかなか自分の考えを変えられない頑固さから来ることが多く、一日のうちに気分が何度も上下することもあります。
睡眠については両者とも「眠れない」病ですが、双極性障害の人は全く眠らなくても元気に活動することができますが、ADHDの人は過去や将来のことを悔やんで眠れないのです。
思考については双極性障害は「観念奔逸(かんねんほんいつ)」ですが、ADHDは「思考超過」です。観念奔逸とは、思考の流れがあまりに早くてコントロールできず、あとからあとから素晴らしいと思うような考えが溢れでてきます。思考が飛ぶ感じがあります。それに比べて思考超過は、何かをしようと多くの発想が沸いてくるのですが、それらを記憶したり整理したくできなくなります。
さて、このような症状はADHDに特異的に見られるものではなく、精神疾患を持たずに生活している普通の人にも大なり小なり見られるものも含んでいます。特に、多動・衝動は、現代社会が要請することでもあります。仕事をしていれば常に付きまとうことが、スピードと正確さ、そしていくつもの仕事を同時に回していくということ。この仕事パターンは、アメリカ型資本主義社会に象徴的に見られるパターンです。ADHDを疾患として見るだけでなく、社会現象の一つでもあるという認識に立つならば、この不思議な病「ADHD」の取り扱いにも幅が出てくるのではないでしょうか。ADHDという診断基準はアメリカ発のものです。それも何かを象徴しているのではないでしょうか。
ともかく、ADHD特性は普通の生活の中にも見られるものです。それを症状と見るか、クセと見るかは、状況によって違ってくるでしょう。生活に影響を及ぼすと考えられるときそれは症状となり、それがあってもさほど影響がないとき、それはクセと格下げされるのです。
■ADHDの診断
DSMによるADHDの診断基準を見ていくことにします。
A) (1)か(2)のどちらか:
(1) 以下の不注意の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月間持続したことがあり、その程度は不適応的で、発達の水準に相応しないもの:
<不注意>
(a) 学業、仕事、またはその他の活動において、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な間違いをする。
(b) 課題または遊びの活動で注意を集中し続けることがしばしば困難である。
(c) 直接話しかけられたときにしばしば聞いていないように見える。
(d) しばしば指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができない(反抗的な行動、または指示を理解できないためではなく)。
(e) 課題や活動を順序立てることがしばしば困難である。
(f) (学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う。
(g) 課題や活動に必要なもの(例:おもちゃ、学校の宿題、鉛筆、本、または道具)をしばしばなくしてしまう。
(h) しばしば外からの刺激によってすぐ気が散ってしまう。
(i) しばしば日々の活動を怠ける。
(2) 以下の多動性-衝動性の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月間持続したことがあり、その程度は不適応的で、発達水準に相応しない:
<多動性>
(a) しばしば手足をそわそわと動かし、またはいすの上でもじもじする。
(b) しばしば教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れる。
(c) しばしば、不適切な状況で、余計に走り回ったり高い所へ上ったりする(青年または成人では落ち着かない感じの自覚のみに限られるかもしれない)。
(d) しばしば静かに遊んだり余暇活動につくことができない。
(e) しばしば“じっとしていない”、またはまるで“エンジンで動かされるように”行動する。
(f) しばしばしゃべりすぎる。
<衝動性>
(g) しばしば質問が終わる前に出し抜けに答え始めてしまう。
(h) しばしば順番を待つことが困難である。
(i) しばしば他人を妨害し、邪魔する(例:会話やゲームに干渉する)。
B) 多動性-衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳以前に存在し、障害を引き起こしている。
C) これらの症状による障害が2つ以上の状況〔例:学校(または職場)と家庭〕において存在する。
D) 社会的、学業的、または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在するという明確な証拠が存在しなければならない。
E) その症状は広汎性発達障害、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安障害、解離性障害、またはパーソナリティ障害)ではうまく説明されない。
これらは実際には、次のような症状として日常で観察することができます。
1)朝の支度に時間がかかる。ただ服を着るだけなのに、とんでもなく時間がかかる。<不注意>
2)家であろうとレストランであろうと、まともに食事ができない。座っていられず、兄弟にちょっかいを出し、みんなの食事のじゃまをする。<多動性>
3)同時に複数の指示を覚えられない。例えば、隣の部屋に行ってハサミを取ってきなさい、と言ったとすると、隣の部屋に行ったときには、何を取りに行ったのか忘れている。<不注意>
4)しょっちゅう人のじゃまをする。<衝動性>
5)何かをすると約束しても、やらずに放っておく。本人は忘れていたと言うが、とうてい信じられないし、イライラさせられる。<不注意>
6)何をするにも手間取る。<不注意>
7)プラスの面がたくさんある。たとえば、エネルギーにあふれている、熱意がある、優しい、目に「何か特別な」輝きがある、想像力が豊か、直感力がある、粘り強い、決断力がある。<衝動性>
8)失敗をとりつくろうために、とっさにほらを吹いたり、信じられないような説明をする。<衝動性>
9)遅刻の常習犯で、ときには約束そのものを忘れてしまう。<不注意>
10)授業に集中していないと教師に叱られる。家でも同じように叱られる。<不注意>
11)てきばき行動するのは不可能に近い。<不注意>
12)冒険や危険など、刺激が強いことは何でも好き。<衝動性>
13)なぜか、急に注意を集中させる。とくに、興味のあることに対しては完全に没頭する。<衝動性>
14)じっと座っていられない。<多動性>
15)教師や親が仰天するようなことを突然口走る。軽率な言動が多い。<衝動性>
16)目を離せない。十分に注意して見張っていなければならない。<多動性>
17)気分にムラがある。<衝動性>
18)こらえる事ができない。待つことができない。<多動性>
19)時間感覚がないに等しい。「今」と「今でないとき」 の二つしかない。<多動性>
先にお話したように、これらDSMによる基準はすべて子どもを診断することを前提としています。大人にこの診断基準を当てはめるには無理があります。そのため、R.J.レズニックが大人の診断基準に焼きなおしていますので、そちらを紹介します。成人のADHDを判断する基準としてください。
<不注意>
A1a:綿密に注意することができない。
簿記、税金の申告、研究、パソコンで文章を作るなど、退屈で細かな作業に苦痛を感じるかどうかをチェックする。ADHDの大人にとって、細かな作業は大きなストレスとなることが多い。また、ADHDの大人は、何をどこに置いたかということもよく忘れる。(高間注:ADHDの人は、自分に関係ないことについては、本当にやる気が起きないものです。そのため、結果的に先延ばしにするという事態が発生します。これを乗り切るには、一つのことをスモールステップに分割することが必要ですが、ADHDの人はそれすらできないことがあります。周囲の人がその分割作業に助け船を出してあげれば、なんとかそれを便りに乗り切っていくこともできるようです。)
A1b:注意を持続することが困難。
遊び(余暇活動)や仕事において注意の問題が見られるかをチェックする。一つのことを最後までやり遂げられるか、人の話を聞いたり議論したりするとき、どれくらい気が散るかといった点にも注目する。退屈しやすいか、目新しいものに目がないかと尋ねてみるのもよい。またやらねばならないことに苦痛を感じ、ぎりぎりまで先延ばしするかどうかも確認する。
A1c:話しかけられたときに聞いていないように見える。
話しかけられたときに聞くことができない、会話に集中できない、あるいは聞いたことを忘れてしまうため会話についていけないなどの症状の有無を確認する。周囲の人から「会話がそれる」という不満が聞かれることもよくある。
A1d:指示に従えない。
自分で始めたことを最後までやり遂げられるか、仕事の期限を守れるか、ということを重点的に質問するとよい。(高間注:これは次のA1eと関連のある内容です。)
A1e:日々の活動を順序立てて行えない。
複数の段階が必要なことや、途中いくつかの中間目標が設けられていることを目の前にすると、気持ちが落ち着かなくなることが多くか、ときには頭が真っ白になる傾向はないかを確認する。仕事面だけでなく個人的あるいは家族の計画が立ち消えになってしまったことがあるか、例えば、家族がいつどこに集まるといった特別なイベントに間に合わないことがあるか、また請求書の支払い期限を守れているかといった点もチェックすること。(高間注:これを乗り切るには、最後の目標を強調するのでなく、今日の目標に注力するように周囲の人が促すことです。ADHDの人は、長いスパンの仕事が目の前にあると、うんざりしてやる気を失います。毎日の仕事にメリハリをつけること、つまり、例えば、午後3時くらいまでにここまでやる、という指針を立てて、その後のことは流していく、ような仕事のやり方を覚えてもらうことです。)
A1f:精神的努力の持続困難。
家の中にモノが雑然と放置している場所がいくつあるか(食卓、書斎の机、キッチンカウンターなど)という質問で判断がつく場合がある。職場に関しても同じ質問をし、さらに書類作成や反復作業をどのようにこなしているかを質問する。それによって注意の持続困難について聞き出すことができる。さらに絶えず変化していく仕事よりも反復の多い仕事の方がやりにくいかも尋ねる。(高間注:パソコンのデスクトップのアイコンの配置についても参考になります。ADHDの方は、規則性なく乱雑にアイコンを配置しているほうが落ち着くし、そのほうが在り処(ありか)を確認しやすいようです。また反復作業、単調作業にはかなり苦痛を感じるようです。)
A1g:必要なものをなくす。
普段やらねばならない仕事の詰めで失敗することがあるかを確認する。例えば、営業担当であれば、商品サンプルや注文書がいざというとき出て来ないといったことがないかを尋ねてみる。またADHDの大人では、車の鍵を一定の場所に置くことができなかったりするため、その結果、鍵を探しまわることが頻繁にある。(高間注:ここはエクセルシートなどを作って、1つ1つ工程をチェックするようにすると、どこかで失敗するのではないかという不安が軽減し、ADHDの方の仕事ストレスを軽減することができます。このとき、自分なりのチェックシートを作ることが大切で、人が作ったものは使えないという特性がADHDの方にはあるように思います。つまり自分がポイントだと思っているところが他人と違うということです。この点は周囲の人も配慮して、ADHDの方に合ったその人独自のシートを作るように寛容な態度が必要です。)
A1h:すぐ気が散ってしまう。
外からの刺激に対して簡単に注意がそれる傾向があるかどうか、とりわけ人とのコミュニケーションにおいてそうした問題がないかを見極める。相手の話に耳を傾けているときに、他の人たちの会話に気をとられてしまうことはないか、そのために本来の会話に集中できない傾向はないか、などを確認する。ADHDの大人は車を運転しながら会話をするのが苦手なことがある。気が散りやすく集中力が持続しないので、運転中しばしば会話に入ったり、離れたりすることがよくある場合には、不注意にもなりやすく、事故を起こす危険性が高い。(高間注:ADHDの方は、すぐ気が散ってしまって一つのことに集中するのが難しいですが、この特性は、ADHDの方に限っては、同時処理と密接な関係があります。ADHDの方は同時処理を得意とする方が多いようです。これは一つのことに集中できないから、それを補完するために多くのものに集中するのです。多くのものに同時に集中していれば一つのことに飽きて、それを放棄するということがなくなります。これはADHDの症状の最大のメリットでもあります。この能力を高めることで、仕事に対するストレスを分散させることができ、人の数倍の業績を上げることができるのです。例えば、耳からは語学学習をしながら、パソコンで違う書類の処理をするようなことです。ADHDと同時処理の研究は今後もっと成されていくでしょう。)
A1i:しばしば毎日の活動を忘れてしまう。
A1gに関連した項目で、約束を守る、会議に出席する、書類を書き上げる、子どもを迎えに行く、日用雑貨品を買いに行くなどの日常的なことを忘れてしまったことがないかをチェックする。
<多動性>
A2a :手足をそわそわと動かす。
デスクや仕事場で落ち着きがなく、そわそわ体を動かす事がないか尋ねてみる。そのような人は、手でもてあそぶ物を何か必要としたり、膝を叩いたり、靴の先で床をトントンと打ったりすることもある。(高間注:いわゆる貧乏ゆすりもここに入ると思われますが、不安イライラなどのうつ症状でも同様の症状があり、これらの症状が顕著の場合、多動性というよりまず不安などを聞いたほうがいいように思います。これらの症状以外に、デスクワークなどで、何かを食べられる状況では、いつも口の中に何かを居れておきたい衝動があるというものここに入るかと思います。)
A2b:席を離れる。
デスクや仕事場で座っているときに、立ち上がりたい、あるいは立ち上がらずにはいられない衝動を感じるか尋ねる。しょっちゅう席を立ってコーヒーを注ぎに行ったり、同僚とおしゃべりする傾向はないかも尋ねてみる。ADHDの人は、20~30分毎に立ち上がったり歩き回ったりできない状況に置かれると、数分間座っているだけで「キレてしまうかもしれない」と話すことが多い。(高間注:現代の「キレる人」、「モンスターピアレント」などの中にもADHDの方が居ると思われます。しかしキレる要素はADHDだけではないので、ADHD視点も考慮に入れながら別のパーソナリティ障害の視点からも全体的に見る必要があります。)
A2c:走り回ったり高いところへ登ったりする。
落ち着きのなさが無意識に机の上の物をいじるといった行為として現われることがあり、時にはぼんやりとしながらエンピツを折ったり、紙を破ったりしてしまうことがある。(高間注:成人のADHDは子どものように高いところへ登ったりはしません。「せかせかしている印象がある」ということを中心に見るといいかと思います。しかし、木登りが好きな子どもも大人も居ます。木登りが好きなことと、ADHDの高いところに登ることは区別しなければなりません。木に登る子どもに対しては、どうして登るのか聞くといいでしょう。何か理由があればそれはADHDの行動には入りません。ADHDの子どもは、高いところに登る衝動を抑えることができないのです。ここに大きな違いがあります。)
A2d:静かに遊べない。
レジャーなどで人と接しているとき、相手がどのような反応を見せるかを尋ねる。自分の振る舞いに対して、相手にひんしゅくを買ったり、文句を言われていないか。例えば、ADHDの方は静かにしていることができないので、一緒に映画に行ったり、釣りに行ったり、じっとしていなければいけない場面で嫌がられることもある。
A2e:じっとできない。
しばしば「何かに駆り立てられるように」行動しているか、ということでは、一定時間じっとしていなければならない状況(着席を強いられる場面)で、大変な緊張とストレス、不安を感じるという意味に捉えなおす。また、大事な場面にもかかわらず、立ち上がって動き回りたいという欲求と、その欲求の必要性も考慮する。また、仕事を引き受けすぎること、スケジュールを入れすぎることもこの項目と関係が深いので、手帳にどのようなスケジュールが書かれているのかも詳しく尋ねてみる。(高間注:ここに思い当たる人は多いのではないでしょうか。これこそADHDの特徴の一つである「エネルギー過多」の長所とも言えるところです。この長所を有効に使っていければ仕事において成功する可能性が大いにあるわけですが、「キレる」ことにシフトしてしまうと、この長所は短所に逆転してしまいます。その調整が分かれ目となります。)
A2f:しゃべりすぎる。
特に対人場面で、しゃべり過ぎる、絶えずおしゃべりをし、取りとめもない話をするなどの傾向があるかどうか、話が脱線することがないかといった点をチェックする。カウンセラーと話しているとき、単純な質問に対して長々と余計なことを答え、カウンセラーが話しを元に戻さなければならなくなるようなこともある。余計なおしゃべりをしていることに自分で気がつき、こういうことがよくあって困ると認めることもある。
<衝動性>
A2g:質問が終わる前に出し抜けに答え始める。
人前での失言が多いかどうかをチェックする。社会的場面で、結果を考えず、衝動的に不適切なことを口走ったりする傾向はないか。会話の流れと無関係な早とちりで的外れなことを口にしてしまい、周囲から、気が効かない、鈍い、とんちんかんといった印象を持たれていないかといったことを調べる。(高間注:アスペルガー障害に見られる「空気の読めない」応答と違って、ADHDの応答はそれほどとんちんかんではありません。それよりも境界性パーソナリティ障害の「待つことができない」症状に近いものがあります。)
A2h:順番を待つことが困難
並んで待たなければならないような状況での行動をチェックする。ADHDの方には、列に並んで待つことが苦手な人がいる。そのような人は、うろうろしたり、体を前後に揺らしたり、くねくねと動いたり、足を引きずったり、「列が進むのが遅すぎる」と何回も文句を言う。(高間注:成人のADHDの方のなかには、会話中、体が前後左右にわずかに揺れる人がいます。それは、このA2hが形を変えて、社会性をもった形で治癒したのかもしれません。それくらいなら、誰も困らないし本人も困らないわけです。ADHDの治療は、このような治癒の方向をめざすのがいいのでしょう。)
A2i:他人のじゃまをする。
A2gに関連した項目で、話をよく聞かずに、あるいは内容を知らずに人の会話に割り込むクセがこれに当てはまる。パーティや仕事の集まりなどで、ひんしゅくを買うような行動をした経験があるかを聞き出すことがポイントである。(高間注:ADHD本人にとっては、自分の行動がひんしゅくを買っていることを自覚していないことが多いと思います。できれば、家族や周囲の人の印象を聞くことができれば、より確実な診断につながります。)
このDSMによるADHDの診断基準以外に、2つの代表的な診断基準があります。
・ハロウェルとレイティ(1994)の成人のADD診断基準(*)
・ウェンダー(1995)のユタ成人ADHD診断基準
前者は多動のないADHDの基準も含んでいますが、後者は研究目的に開発されたもので多動のないADHDは含まれていません。そのため、ここでは、ADHD診断により効果的と思われる、ハロウェルとレイティの診断基準をご紹介しておきます。
(*:ADDは「注意欠損障害」の略で、ADHDをより包括的に説明する用語です。ADHDの概念は1970年始め、DSM-IIIのために研究会が発足したときに定義されましたが、そのときは、多動を伴う注意欠損障害(ADD)、多動を伴わないADD、成人期の残遺型ADDが示されました。その後、成人期の残遺型ADDには多動が伴っていないわけではなく、子どものような多動ではないが、指で物を叩いたり、足首や頭を動かしたり、鍵をじゃらじゃらいわせたりするような年齢相応の形にかわることが明らかになり、ADDは、多動を伴う注意欠損障害(ADD)、多動を伴わないADDの2つに分けて考えられるようになりました。)
A.以下のような慢性的な困難が15項目以上認められること。
1.実際の成果にもかかわらず、実力を発揮できていない、目標を達成できないという感覚がある。(○)
2.秩序だった行動をとれない。(○)
3.物事を先延ばしにする。あるいは、いつも取り掛かりが遅れる。
4.多くの計画を同時に進めるが、大部分は最後までやり遂げられない。(○)
5.頭に浮かんできたことを話のタイミングや状況を考えずに口に出してしまう。(○)
6.頻繁に強い刺激を求める。
7.退屈な状況にガマンできない。(○)
8.すぐに気が散る、注意の集中が難しい。読書や会話の最中に他のことを考え、うわの空になる。(時には異常に集中することがある。)
9.しばしば創造性や直感、高い知性を示す。
10.決められたやり方や適切な手順を守ることが困難である。
11.気が短く、ストレスや欲求不満に耐えられない。(○)
12.衝動的。言葉と行動の両面で衝動性が見られる。金銭の使い方、計画の変更、新しい企画や職業を選択する際の衝動性など。
13.不必要な心配を際限なくする。心配の種を自分からあれこれ探す傾向がある。しかし、実際の危険に対しては注意を払わなかったり軽視したりする。(○)
14.こころもとない不安定感がある。(○)
15.気分が揺れやすく変わりやすい。特に他人と別れたときや仕事から離れたときに気分が不安定になる。ただし躁うつ病やうつ病のときほどはっきりとした気分変動ではない。
16.こころが落ち着かない感じがある。子どもに見られるような激しい多動ではなく、むしろ精神的なエネルギーの高揚に近い形で現れる。うろうろ歩き回る、指でモノをトントン叩く、座っているときに体の位置を変える、仕事場や自分の机をよく離れる、じっとしているといらいらしてくるなど。
17.嗜癖(しへき)の傾向。対象はアルコールや薬物である場合と、ギャンブル、ショッピング、食事、仕事などの活動である場合が多い。(○)
18.慢性的な自尊心の低さ。(○)
19.不正確な自己認識
20.ADD、躁うつ病、うつ病、物質乱用、その他の衝動制御の障害または気分障害の家族歴がある。
B.子どものときにADDであった。正式な診断以外にも、過去を振り返ったときにそのような徴候や症状が思い当たる場合も含む。
C.ほかの医学的あるいは精神医学的状態では説明がつかない。
注:各項目は、そのような行動が同じ精神年齢の大部分の大人と比べて、より頻繁に観察される場合にのみ当てはまるとみなす。
Driven to Distraction (pp.73-76) by Edward M. Hallowell and John J. Ratey. Copyright (c) 1994 by Edward M. Hallowell and John J. Ratey, MD.
A.についている(○)の項目は、当センターのマインドフルネストレーニングで改善がみられやすい項目です。全般的にADHDの症状についてはマインドフルネスのスキルが役に立ちます。
このハロウェルとレイティ(1994)の成人のADD診断基準と、先に述べたR.J.レズニックが大人の診断基準を合わせて検討すると、成人のADHDの姿がおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。
■ADHDの治療法(もしくは有効利用のために)
2009年秋の時点では、ADHDという症状は、脳の発達の「障害」でなく、発達の「遅延」であるということがわかっています。もっとわかりやすく言うと、脳のどこかの構造が欠損しているわけでなく、構造の成長が遅れているということです。つまり時間をかければ、正常な構造に成長する、ということです。児童精神科医のShawらによって2007年に発表された論文は、発達障害のADHDに重要な変換点をもたらすものでした。
ADHDは、前頭前野皮質、小脳の一部、大脳基底核などの部位が健常者と異なっていることがわかっていますが、それらの部位全てにおいて、発達の遅れが認められたのです。脳画像をMRIを使って15年間追跡調査をした結果です。223人のADHD児、223人の健常児の4万個所のスキャン画像を解析した結果、脳の厚さに2.5年~5年の遅れがあるようです。
つまり5年もすれば、脳の構造自体は、ADHDと健常児は全く同じになるというのです。これは、10歳を過ぎると多動性や衝動性が収まってくる理由の有力な候補となります。しかし、構造自体は同じになっても発達の遅れは挽回できるのかどうか、挽回できないケースもあるが、それはいったい何故なのか、というのは今後の研究が待たれるところです。
ADHDの子どもの70%は思春期になっても何らかの問題をもっており、50%が成人しても注意力の障害が治らない現実があります。現実はそうではあるけれど、悲観することはありません。ADHDはこのトピックのタイトルにあるとおり、悲観する材料以上に、創造的で精力的なエネルギーをもたらしてくれる障害だからです。
まわりに少しくらい迷惑をかけたっていいじゃないですか。それによってあなたの能力が開花し、他人へ何かを還元できればいいのです。社会的にOKです。
もしADHDで悩んでいらっしゃる方がいらしたら、どうか、それを大切に扱いながら上手にコントロールし生活へ適応させながら生きていくことをめざしてください。成人のADHDの記事でもお話しましたが、ADHDは障害ではなくて「状態」です。そのように捉えることで、この症状を有効利用していけます。
ADHDの長所としては、
・あり余るエネルギーがある
・熱意を持って色んなことにチャレンジできる
・人に優しい
・想像力豊かである
・直観力に優れている
・決断力がある
・粘り強く物事を実行できる
・瞳に輝きがある
・不注意である(これは違和感があるかもしれませんが、この不注意という特性ゆえ、急に注意を集中し没頭できるということがあります。適切なものに没頭できれば、この不注意は大きな長所となります。)
・同時処理が得意である。パッとみて判断することができる
どうでしょうか。これらの長所はうまく伸ばすことができれば、社会的にも人間づきあいの面でも成功を収めることができると思いませんか。
そのために次のような処方が考えられます。
つまり、治癒はしないけれどADHDの長所を適切に使うための治療法です。
この方法を行うに当たって、ADHDの方がいつも立ち返るべきこととして
「ADHDを受け入れるだけでなく、それを有効利用し社会へ還元する。」
この基本姿勢を持ち続けることです。
これを忘れることなく、次の3つの治療法をご紹介します。
・バイオフィードバック
・心理療法
・患者への教育
○バイオフィードバック
日本ではこれまでリタリンが処方されていましたが、2007年秋、ナルコレプシーという睡眠障害以外への処方は禁止となりました。そのため成人に対して処方できる薬物は現在のところありません。しかし、気落ちしないように。薬物というのは一時しのぎのものです。薬物がなくても、薬物に代わるものを見つけていけばいいだけです。そのように考えてください。
さて、薬に代わるものとしては日本ではまだ数箇所しか導入されていないようですが、ニューロフィードバックという装置を使って、脳活動を抑制するトレーニングがあります。自閉症へも効果があるようですが、ADHDにかなりの効果をあげているようです。当センターでも導入計画があります。そのときにはこのHPでお知らせしますが、今日本でこの治療を受けられる施設を紹介しておきます。
たけうち心療内科
ニューロフィードバックジャパン
このニューロフィードバックは機械を使いますが、ご自分の身体を使ってフィードバックする方法もあります。マインドフルネスという方法です。最近、境界性パーソナリティ障害へのアプローチとしても注目を集めていますが、やっていることは東洋に昔から伝わっている瞑想です。それを心理療法的にアレンジしたものです。手前みそになりますが、ソレア心理カウンセリングセンターでのマインドフルネスのスキルhttps://solea.me/category/mindfulness/も参考にされてください。詳しくマインドフルネスについてお知りになりたい方は、当センターまでご連絡ください。https://solea.me/contact/
リタリンの処方中止はとても良かったと思います。覚せい剤と同じ組成をもつリタリンは薬物中毒の道を進ませます。これでは治るものも治らなくなってしまいます。処方中止になってすぐ、製薬会社は子ども用のコンサータを投入しましたが、内容はリタリンと同じです。(ということは、コンサータも危ないということです。)
○心理療法
ADHDの患者は物忘れが激しく、診療予約に遅れることもしばしばです。間違った日や時刻に来てしまうこともあります。これらは脳内物質に起因することなので、感情転移や潜在的な敵意、受動性-攻撃性などという心理学的な行動とみなさないことがカウンセラーには求められます。ですから、ADHDの知識のあるカウンセラーへかかることがまず必要です。
面接中、患者にノートを持たせ記録させたり、録音させたりしてそれを見直すアプローチは有効です。そして次回までにやっておく課題を与えノートに記録させます。面接ではできたこととできなかったことを確認し、どうしてできなかったのかをADHDの視点から考え、やりやすい方法を探ります。何をやるかですが、「患者への教育」で紹介したリストを利用すると良いでしょう。
また、怒りのコントロールや感情ストレスによる動揺を低減させる技法を習得するとQOLが飛躍的にアップします。それらには、先ほど紹介したマインドフルネスという技法が有効です。ストレスとADHDは水と油のようなもので、なかなか折り合いをつけることが難しいのです。ストレスによってADHD症状がひどく増悪するおそれがあります。その意味でも、ADHD治療の全体を通して、ストレスコントロールの方法を身につけることは最も重要な事項の1つになってきます。
また家族へのアプローチも重要になってきますので、家族療法やカップルセラピーなどの併用も検討されてください。
心理療法の1つとして、最近はコーチングという手法も普及してきています。コーチングでは、仕事、学業、人間関係など人生のさまざまな場面における短期目標と長期目標を患者に認識してもらって、それらの目標の遅れや誤りに気づかせる方法を取ります。患者は定期的な面接を受けて、その目標に対してどのような行動を取ったか、どのような進展があったかをカウンセラーに報告します。カウンセラーは患者をリードしながら、目標へいたる他の選択肢についてもアドバイスし、衝動的な行動がどのような結果になるかも教えていきます。
目標設定は1つに絞るのが望ましいです。たった1つでいいのです。1つクリアして1つ自尊心をつける、その繰り返しですです。最近はコーチングを職業にしている人も見かけますが、そのほとんどは発達障害の知識がありません。そのため発達障害コーチングには適さない人が大勢います。ADHDのコーチングは、発達障害の経験のあるカウンセラーに相談してみてください。そうすることでADHD用のメニューを作成してくれる可能性があります。
アスペルガー障害を併発しているADHDの方もいます。そのような人は、ミラーニューロンによる共感回路が不活性であるため、ここを活性化するような心理療法の活用も効果があります。
そして最後に忘れてはならないのは、多動は背景に不安があるかもしれないということです。それも普通の不安ではなくて、障害となるような不安です。それを解消するために多動(飲食などの影を潜めた多動行為も含む)になっているかもしれないということです。子どもの場合は、ADHDかもしれないと思う場合は、この不安をまず疑ってみることも重要です。そして不安が浮上してくるようであれば、治癒していないトラウマがある可能性があり、心理療法の出番となります。
○患者への教育
ADHDについての教育をします。患者の治療方法とどの程度のことが達成できるのかを患者へ知らせます。ADHDの徴候や症状は人によってパターンや強さなどが様々です。どうして違いが出てくるのかというと、脳内のドーパミンという物質の量が低下することがADHDの犯人であるという研究があり、人それぞれでその量が異なることが原因と考えられます。(しかし、これも仮説の域を出ません。)
ADHDは生涯にわたる慢性の障害になりえますが、軽減させることはできます。ですからこの障害を受け入れて、これを有効利用する道を探っていくことが教育の目的になります。ADHDは、その疾患がない普通の人でも、似たような症状を日常生活で示しているということを教えることも重要です。
いつ、どこで、どのような形で症状が起きて、どのような結果になるのか、これを注意深くリスト化していきます。そしてそれらの常識的な対処方法も記載しておきます。例えば、物事を先延ばしにするということが、午前中、会社で多い場合は、前日に、物事をもっと細分化しておき、その中の最初の部分のみをまずやってみるという対処方法も考えられます。細分化するときも患者の特性があると思いますので、患者と相談しながら物事を区切る単位を考えていきます。
ADHDは、会社でヘマをやらかしてしまうこともありますが、それは「いつも」ではないことを気づかせます。いつも落ち込んでいる人がいないのと同じように、いつもADHDの症状が現れているわけではありません。そういうときは、他人よりも優れた集中力や注意力を発揮することができるのです。
ADHD患者がスムーズに日常生活を送れるように、家族へもこれらの説明は十分行っておくことも重要なことです。
家族や患者ができる一番簡単なことは、適切なADHD関連の書籍を読むこと(読書療法)と、ADHD支援グループに入会することです。インターネットでも多くの情報を知ることができます。自助グループADHD神奈川「あではで」http://www.adehade.com/ などのホームページを見ると、講習や相談についての情報もあります。
障害を持つものにとっては仲間は大きな力となります。さまざまな生活のアイデアなども豊富に蓄積されています。そんな仲間で出会える自助グループを大いに利用されてください。
さて、これまでADHDの診断から治療までざっと見てきました。ADHDは人生において有効利用しやすい疾患です。ADHDの貴方、悲観する必要はありません。まずADHDの専門書を開いてみましょう。そこには思いもよらなかった将来が描かれているはずです。ご自分の未来のビジョンをそこから思い描くことから始めてください。(どんな精神疾患も治るときは、未来の自分のビジョンが現れます。)
ADHDをなんとかしたいというお気持ちはわかります。そのための教育や心理療法、薬に代わる代替療法があります。それらを試しながら、この障害を緩和させながら、どうぞご自分の世界観を変えていってください。ADHDは治らなくても良い不思議で創造的な障害だ、この世界観です。ここへ到達するために心理療法を有効利用してください。
参考図書:成人のADHD 臨床ガイドブック ロバート・J・レズニック(東京書籍)
Mackie S, Shaw P. Lenroot R, et al. (2007) Cerebellar Development and Clinical Outcome in Attention Deficit Hyperactivity Disorder. American Journal of Psychiatry, 164(4): 647-655