うつ病(気分障害)は、昔、こころの風邪と言われていました。
それは「誰でもかかる病気」という意味で使われていたのですが、これは誤って解釈されることが多かったようです。つまり「簡単に治る病気」という誤解です。
そのため今は「こころの(疲労)骨折」と言われるようになってきています。骨折ですので風邪のように簡単には治りません。
この言い方には、さまざまな意味が込められています。
【リハビリという意味】
まず、骨折ということから思い出されるのは「リハビリ」ということです。つまりうつ病は治るまでかなりの期間を要し、ギプスが取れたら(だいたい治ったかと思う状態になったら)は少しずつ負荷をかけながら生活へ戻っていきましょう、ということです。
うつ病は3~6ヶ月で治るといわれていますが、そこから半年はリハビリ期間です。風邪のようにすっきり素早く治りはしないので、そこをちゃんとケアしながらやっていってくださいね、という警告でもあります。
そのリハビリの期間、半年をどうこらえながら乗り切っていくかがとても大切です。ともすると早めに負荷をかけすぎてしまい、再発ということも十分に考えれられます。うつ病は再発しやすい病気なのです。復帰して半年~1年は70%くらいのエネルギーを使うようにしてください。残り30%は自分の休息のためにとっておいてください。
また大阪の精神科医・平井(2006)によると、うつは通常の落ち込みの27倍落ち込むともいいます。通常より3倍事件に巻き込まれやすい、そして少しのストレスで通常の3倍落ち込む、そこから立ち直るのに通常の3倍の時間がかかる。つまり、普通のときよりも3x3x3=27倍の負荷が心理的にかかるのです。ですから、普通の人なら何気なくやりすごせることが、うつの人にはその27倍の負荷でやってくるわけで、それはほんとに大変なことなのです。ご家族にうつの方がいらっしゃる場合、この27倍のことを思い出して対応してあげてください。
このような心理的な負荷がかかるわけですから、うつの回復期にほんの少し落ち込んだだけでも、それはもう地獄へ落ちたような気分になってしまうのがうつ病の恐ろしいところなのです。これは認知の歪みとかの問題ではなく、本当にそのように実感されているわけです。これは非常に深い実存的な(生きるか死ぬかの)空虚に飲み込まれる寸前でもあります。うつの回復期に命を絶たれる方がいらっしゃるのは、それはこのような深い諦(あきら)めによって、この世から縁を切ろうとされるのです。
ですからリハビリ期間はたっぷりとって、周囲の方は一貫した態度で見守ってあげることが再発を防止し、快復基調に乗るために必要なことなのです。
【ニューロンの再生という意味】
また抗うつ薬を飲んでも薬の効き目は飲み始めてから2~3週間立たないと現れません。抗うつ薬として最近使われるのはSSRIといわれる種類のものですが、これは脳のニューロンから放出される神経伝達物質セロトニンの再取り込みを阻害する薬です。
セロトニンという物質は気分を安定状態に保っておくために必要な脳内物質と言われています。(仮説です。)うつ状態になるとニューロンから放出されたセロトニンがまたニューロンに取り込まれてしまうため、脳内のセロトニンの数が少なくなりうつ状態になります。SSRIの薬はこの取り込みを阻止するために、ニューロンがセロトニンを再取り込みしようとする入り口に栓をして取り込みを阻止します。これによって脳内のセロトニンの量が増えてうつ状態が改善してくるという作戦です。
薬を飲み始めるとセロトニンの量は一気に上昇しますが、効き目が現れるのは2~3週間かかります。何故このようなタイムラグがあるのでしょう。最新の神経科学から分かってきたことは、うつの改善はセロトニンの数というよりも、そのセロトニンを原料としているBDNF(脳由来神経栄養因子)を増加させることが必要なのです。
このBDNFの増加とは、壊れたニューロンを修復するということです。まさにストレスで破壊されたニューロンにギプスをはめて修繕をするイメージです。セロトニンを原料としてこのニューロンの修繕作業が開始され、骨折状態の改善がスタートするまで約3週間かかるというわけです。
この骨折改善作業を助けるために、私たちは日々の生活で援助できます。ゆっくりした腹式呼吸(カウンセリング・メモのマインドフルネスのスキルをご覧ください。)、炭水化物を中心とした食事。バナナ、卵、大豆、かつお節などは大切です。軽い運動や入浴時にひたい部分を暖める。(前頭葉はうつの部屋と言われています。)うつの人には散歩などの運動が良いといわれるのは、生活習慣にリズムをつけるリハビリ的意味もありますが、運動によってBDNFが増えてニューロンの修繕に拍車がかかるという意味もあるわけです。
ストレスで破壊されるニューロンですが、これは耳の少し上の側頭葉の海馬といわれる記憶タンクのニューロンがダメージを受けます。このためうつのときはなかなか物を覚えたりするのがおっくうになりますが、ニューロンは修繕され新しいニューロンが形成されていくので、うつの改善に伴って記憶も元に戻っていきますのでご安心ください。
【抗うつ薬の副作用について】
薬には副作用が必ずあります。抗うつ薬も例外ではありません。抗うつ薬としてよく用いられるSSRI(パキシル・ルボックスなど)のアクチベーションシンドローム(殺人・自殺衝動)や抗不安薬(デパスなど)の依存性には特に注意を払う必要があります。数年前にパキシルの副作用(制御不能になる衝動)が各国から報告され、薬の添付文書にも記載されるようになりました。
(覚せい剤と同じ組成をもつリタリンがナルコレプシー以外の症状に対して処方中止になったのは賢明な判断でした。)
薬というのは少ない種類を少量だけ使う分には効果を発揮しますが、多剤を大量に使っている場合は何がどのように効いているのかがわからなくなり、気がつくと薬物中毒になっていることもあります。薬を飲んでいるときは、自分の感情や体調を細かくチェックして、担当医に報告することを怠らないことが肝心です。そして、医師と協働して、自分に最適な薬の量や種類をコントロールしていくのです。医者まかせにしておくとコントロールできません。あくまでも患者さんが自分の身体をチェックしながら主導すべきです。
薬の報告に嫌な顔をするお医者さんもいるようですが、そのような医師は変えたほうがいいかもしれません。