親を選んで産まれてくるのは本当か?

こころの発達と発達障害
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■親に騙された人々~恵比寿から百鬼丸までの系譜

[人は生まれてくるときに親を選んで生まれてくる、そしてどんな親であってもその親を選んだからにはそれなりの意味がある。]

そんな話を聞いたことがある人もいるでしょう。ときどきカウンセリングでそういうことを話される方もいらっしゃいます。スピ系や自己啓発系の方々はそのように言う人も多い。

私は、必ず!とは言い切る自信はありませんが、前者(親を選んで生まれる)はあり得る話だと思います。しかし後者(それなりの意味がある)という解釈は、人間(親や子どものほう)が後付けしたものと思っています。子どもにとっては、自分で自分を慰めるためのもの。不運だったね、こんな親でも意味があるよ、と自分で自分を慰める。親にとっては、意味があるよと思っていたほうが子への申し訳が立つ。

え?親を選んで生まれるの?とびっくりされる方もいらっしゃるかもしれませんが、まあ、そういうこともあるかもしれない。そういうファンタジーもあってもいいかもしれない。でもこれは、あってもなくてもどっちでもいいとも思います。取り立てて何か特別なことでもないように思います。この手の言いぶりにはクールになっておくことが必要だと思うのです。

生命の誕生時に自分の意志で親を選ぶことですが、ただ、親に騙されて、その親を選んで生まれてしまう子どもたちも、少なからずの割合でいるのでしょう。人間の誕生を巡っては、厳粛な出生の話だけでは済まされません。誕生については、そんな親からの一方的な騙しも入っていることがあるのでしょう。まんまと親にしてやられて(騙されて)、その親を選んでしまう。そういう皮肉も含めての人生悲喜こもごもなのでしょう。まさに流転です。そうやって騙されて生まれてしまった子どもたちのその後は大変になりますが、それでも助けを求めてカウンセリングの場に漂着する人々もいるのです。そしてこの皮肉を深く理解していくことで自分の新たな誕生を迎える人々もいるのです。

騙されないで生まれてくる人々の方が割合として多いので、このような皮肉めいた話が語られることはあまりないかもしれませんが、こういう話を聞いてみなさんはどのような感想をお持ちになるのでしょうね。

騙されるといいましたが、親のほうは騙しているつもりはない。ただちょっと足りなかっただけです。養育能力がなかった。

しかしこの足りなさが子に災いするのです。そういうことも知らずに子を産んでしまう。産まれた子は手足がない蛭子(ひるこ)と同然ですが、なんとか生きのびる。そして流転し難破を乗り越えて、恵比寿(えびす)として再生する。古事記では、あの恵比寿様という神様は生まれたときは奇形でした。そのため舟に乗せて親に捨てられます。漫画家である手塚治虫の「どろろ」は、そのように親に騙されて産まれ捨てられた百鬼丸の再生の話です。どろろは未完ですが、私は手塚の漫画では好きな作品です。しかし手塚は、どろろを途中までしか描けなかった。発想は良かったのですが、百鬼丸という存在が、何を意味するのかの理解は十分には成されてなかったのではないかと思います。これは手塚を貶める話ではなく、手塚も騙されないで産まれてきた人だったということです。良い悪いではないのです。

余談ですが、この作品名は、主人公の百鬼丸ではなくて、彼に影のように寄り添って旅を続ける孤児、どろろです。なぜなのかと考えると、全くの個人的な意見ですが、手塚はあの漫画を白土三平のカムイ伝のような戦国時代絵巻として描きたかったのではないか。縦軸に百鬼丸の虐待ストーリー、横軸にどろろの戦国ストーリーとして描きたかったのではないか。ちょっと欲張り過ぎた。しかしこれは、百鬼丸を縦軸にもってきたところで、その構想は失敗だったと言えます。虐待モノを他のストーリーと組み合わせることは、本質から外れていくことだからです。そこをしっかりと視点を定め切れないと多くのことを見落とすことになるからです。着想は良かったのですが、それを進められなかった。なぜなら手塚も親に騙されないで産まれてきた人だったからです。

どろろも百鬼丸と同じような運命を生きていたと思える節(ふし)もあるのですが、私の当時の微かな記憶をたどっても、そこはよく分かりません。

[人は生まれてくるときに親を選んで生まれてくる、そしてどんな親であってもその親を選んだからにはそれなりの意味がある。]

これは誰も知らないことですし、そう思うことで楽になる人もいれば楽にならない人もいる。これは、ある意味、内観療法の効果と同じことです。このように思うことで楽になる人は内観療法が効くでしょう。そう思うのは苦しい人は内観療法は向きません。現実には、このように思うことで楽になる人が多いので、内観療法の有用性が語られることになります。これは愛着世界を知っている人々の話なんですね。

さて、親に騙されて産まれてきた人々には、騙されたことに対して親への恨みはあるのでしょうか。彼らは、騙されなかった生き方を経験したことがないので、騙されたことしかしらないので、比較の対象がありません。ですから、恨みのようなものは持つことはできないのです。ただ生きていく中で、色んなことを経験していくなかで、何か変だなという印象は持ち始めます。持ち始めるのですが、いやいやそれは違うと、その印象を否認します。そうしないと生活が立ち行かないから。

ですから、強い恨みを持ったりはしません。それを持たずに、生きづらさだけが続くことになります。慢性の疲労や過労による燃え尽き、線維筋痛症などの症状を抱えて生きることになります。それらの症状を持つ人がすべて、親に騙されて産まれてきたわけではありませんが、それらの症状を持つ人々の中の一部には、そのような人が含まれるのです。

彼らが回復していくと、怒りや恨みというものが現実化していきます。それを持つようになる。そのときは恐怖の感情はかなり後退しています。回復にまだ至っていない人でも怒りの感情を抱いている人はいますが、それは恐怖とバーター(抱き合わせ)の関係にまだあって、油断すると恐怖に絡め取られてしまう状態だったりします。まだ恐怖の津波に飲み込まれてしまうこともある。回復とは、恐怖が後退して怒りの感情が前面に出てきて、そこを通過したあとにやってくる希望です。そこからの道はまだしばらく続くのですが、そこまでくればまずは一息つけるのです。

■胎児性愛着障害という見立て

胎児性の愛着障害というものがあるそうです。心理学は人が産まれてからの学問ですが、この胎児性愛着障害の場合は、受精して出産までの時期を扱います。産まれたときの記憶を保持している人もいるので、胎児のときの記憶をもっていても不思議ではありません。実際にそういう人もいます。精神分析では、産まれ出るとき産道を通る苦しさを人は体感していて、それによるトラウマを出産外傷と呼ぶくらいですから。

以下は精神科医・神田橋條治氏の「治療のための精神分析ノート(創元社)」からの要約・抜粋です。この本には治療方法が図版入りで説明されていますので、以下のやり方がわかりづらいときは、書籍で確認してください。この本は先生が長年かけて磨きあげてきた治療論をまとめたものです。薄い本ですが、内容はかなり濃密ですので、分からないことも多いと思います。胎児性愛着障害の話は末尾にありますので、それだけ読んでもいいかと思います。

子宮内で胎児は300日ほど暮らしますが、母親の心身のコンディションが不安定だと子宮内環境が不安定になって胎児はのんびりできず、次の変化に備える緊張を学習するようです。この胎児の学習した認識パターンは成人になっても持続され、ある種の個性となります。この個性は、溶け合う対人関係を不可能とするもので、この不安定感は言葉のなかった時代に獲得したものなので、言葉による精神療法では乗り越えることができません。これを胎児性の愛着障害と呼びます。

この治療にはイメージ療法が効きます。ベッドにまずうつ伏せになります。万歳をする感じで両手を頭のほうにやって、脚を開き気味にして、両手、両脚で自分を抱っこしているイメージを作ります。次に「お母さんのお腹の中にいたときの自分がいまの自分のお腹の中にいる」とイメージします。そして、その胎児の自分にアーと呼びかけます。それに応えて胎児もアーと返事をする。互いにアー・アーと呼び合うイメージを作ります。実際に声には出さずにあくまでもイメージでやります。そのイメージが出来たら、次に自分の舌を口から少し出して、それを母親のおっぱいを吸っているつもりでしゃぶります。しゃぶりながら、胎児の自分とアー・アーを続けます。

このイメージ療法を30秒~1分ほどやった後、起き上がって脳の具合と外界の視覚の変化とを感知して、効果があったなと判断できたら、毎日、起きがけと寝る前にやるようにします。数ヶ月で効果は定着するでしょう。その後はときどきやるといいでしょう。胎児のときに付いた脳のクセは完全には消滅しないからです。

「脳の具合と外界の視覚の変化とを感知して」というところが分かりにくいと思いますが、なんだかちょっと見え方が変わったな、視覚が鮮明になったな、という感じとか、聴覚や嗅覚が鮮明になったなとか、脳がなんだか少し和らいだな、肩や首が楽になったな、という感じと思います。ざっくり言うと、五感や体感の変化を感じたということです。「超」感覚まではいかずとも、その入り口くらいの話です。

胎児からのアーという返答が、可愛くてしょうがないとおっしゃる方もいます。実際の愛着障害を持つ人にこのやり方を紹介すると、長年睡眠薬が手放せなかった人が、睡眠薬がなくても熟睡できるようになったということもあります。効果は人それぞれですが、試してみる価値はあるように思います。

このイメージ療法をやることで胎内にいた頃の歴史がフラッシュバックしてパニック的になる人もいるようです。冷や汗をかいたり、心臓の動悸がしたりする人は、ひとり治療が難しいです。その場合は自宅での治療はやめて、治療室で治療者と一緒のときだけやるといいでしょう。治療者は相談者の両肩を抱きかかえ介助の姿勢で援助します。胎内の自分を抱かえている人を、治療者がさらに抱きかかえる二重構造を作ります。

ソレア心理カウンセリングセンターでは、この胎児性の愛着障害のイメージ療法の相談にもお応えしています。もしひとり治療でフラッシュバックが起きたときは、カウンセリングルームという安全な子宮内環境のある場所で、一緒に癒していきましょう。この場合、胎内の自分を抱える自分、その自分を抱えるカウンセラー、そしてその二人を抱える部屋、この三重構造の安全地帯の中で治療が進んでいくでしょう。

■胎児性不安(緊張)という見立て

朝起きたときに笑顔でおはようと言えないとおっしゃるお母さんがいます。今日も何か怖いことがあるかもしれない、と不安とともに一日が始まります。

この人の長女も同じで、不安な顔をして起きてきます。しかし次女は笑顔でおはようが言える。笑顔でおはようができるのは、絶対的な愛を感じている証拠で、それが言えない私や長女は性格によるものなのか、という訴えです。

同じ母親が長女も次女も育てているので、養育環境は変動はするにしても、基本的には同一なはずです。その時々の母親の気分の変動はありますが、子育てをしていくという愛着関係は同一のものです。愛着というものは環境に左右されるものではない、母親側の、生得的なものだからです。ですからニコッと起きてくる次女を育てている母親ですから、長女もそのような養育環境で育ったはずです。

ではなぜ長女は不安がるのか。それは母親の厳しい生き方をすっかり長女はコピーしてしまっているからでしょう。第一子という母親の不安・緊張もあったかと思います。母親自身がこれまで生きてきた恐怖に満ちたこの世界へ、自分の子どもを産み落としてもいいのか、そういう恐怖や緊張もあったことと思います。それが子育てを通して長女へ伝わった。これは、それだけ母子間の情緒的なつながりが濃いということです。情緒的なつながりが濃いゆえ、長女には愛着が形成されています。そして次女にはそのままストレートに、それも安心感としてノーマルな形で愛着形成された。次女に対しては、母親の側に、第二子という緩みもあったのでしょう。

長女にも不安の下には大きな安心が形成されているはずです。ですから母親は、そのままの子育てをしていけば大丈夫です。朝起きたとき彼女が暗い顔をしていても大丈夫。不安がる必要はありません。思春期に入って何かしらのことがあるかもしれませんが、それも十分に乗り越えていけるはずです。長女にも愛着がちゃんと形成されているからです。長女も次女も、親に騙されずに生まれてきた子どもたちです。

神田橋氏は、胎児性愛着障害と言います。確かに胎児の時の影響力は大きいことは否定はしませんが、胎児の時よりも産まれてからの家族とのかかわり(コンステレーション=布置)というものが、その人の人生に大きく影響していることは誰も否定しないでしょう。治療のほとんどの段階では、その家族のコンステレーションが相談者の瞳の奥にはっきりと見えることを目指していきます。はっきり見えてくると安心感が増大していきます。その先に愛着障害は治癒する。

「母親の心身のコンディションが不安定だと子宮内環境が不安定になって胎児はのんびりできず、次の変化に備える緊張を学習する」

この神田橋氏の指摘は正しいと思います。子宮内環境の不安定によって胎児が気分の悪さを体験はしているでしょう。何かちょっと違うぞ、違和感はあるぞ、という感覚。これはあるでしょう。これを胎児性不安(緊張)と、そのまま命名してもよいのではないでしょうか。何も愛着障害という名前を持ち出さなくてもいいのかもしれない。

胎児性不安(緊張)を経験している胎児は多くいると思います。彼らは、産まれた後は養育者(多くは母親)との愛着関係を体験し、その不安は無用のものだったなと実感します。それによって胎児性不安は消失していくのでしょう。これが普通の養育関係です。親に騙されないで産まれてきた子どもたちです。

しかし誕生後に養育者と愛着を築けなかった子どもたちは、胎児性不安を増大させて本当の愛着障害を生きることになる。過酷な人生を生きることになる。親に騙されて産まれてきた子どもたちです。

胎児性不安(緊張)があって誕生したあと、母親との愛着関係を体験しているにもかかわらず、胎児性不安が消えない人もいるでしょう。その人の安心感は不安定ではありますが、バランスを失っているように見えるときもありますが、その人の人生全般がずっと不安に彩られるわけではないでしょう。考えを進めていくと、神経症的な不安は、この胎児性不安に由来することが多いかもしれません。その場合は、将来カウンセリングを受けることによって解消していくでしょう。先に述べた、出産トラウマも胎児性不安の一つなのではないでしょうか。

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