よろしくお願いします。
自分は愛着に傷を抱えているようです。
そこで、過去の両親や近親者との間で自分に何が起きていたか。その時どのような感情が生じてきたのか。ーーを誰にも見せないノートに吐き出して振り返るという作業をしています。
ところが、これがうまく行きません。
というのは、幼少期よりずっと生きるのが苦痛だったため、感情と思考のスイッチを落として乗り越えてきました。故に記憶が曖昧で中々思い出すことができません。また、いざ過去の記憶を思い出しても「この程度の事で傷ついてるのは自分が弱かっただけじゃないか、求め過ぎなのではないか」という思いが生じてきて吐き出すことが難しいのです。
どのように対処したらいいでしょうか?助言宜しくお願いします。
見ないようにしてきた感情を改めて見るようにしようとしても、それはうまくはいかないでしょう。なぜなら見ないようにしてきたのはちゃんとした理由があるからです。
あなたの場合は「ずっと生きるのが苦痛だったため、感情と思考のスイッチを落として」きたわけです。
この場合は「生きるのが楽になれば」感情が戻ってくるでしょう。
しかしそう簡単には楽になれません。あなたの場合は、感情を取り戻して楽になろうとしているので、方向性が真逆です。
では、感情を取り戻すことをしないほうがいいのか?怠惰な刹那的な生き方をすれば楽になるのか?そういうことでもなさそうです。
■感情は保留にして感覚にフォーカスする
- 思考
- 感情
- 感覚
人間のこころの働きにはこの3つの要素が備わっています。特に感情の部分は難関不落です。刺激するほどに、開放しようとするほどに、抵抗してきます。ですから感情は保留にしておいたほうが良さそうです。
思考は感情に支配されているので、感情のケアができていないうちは思考のケアもできそうにありません。
ということは、まず感覚にフォーカスしたほうがいいということになります。あなたがいま現在感じている感覚、これはマインドフルネスそのものですが、いまの感覚を大切に大切にしていく。
こうやって感覚を回復させていくと、感情へもケアできるようになってくるでしょう。ですから感情や思考をノートに書き出すというよりも、感覚をノートに記していくのがいいかもしれません。
■感覚を記すノート
言語化するということはそこには思考がかなり入ってきます。ここを中和させるために、詩のような形式で記すことも意味のあることです。例えば、
朝、太陽が出る数分前、静かな気配をつたって、それが薄く明るくなってくる。風はふいていないから、わたしのこころも同じように静かにあの青くにじんでくる空を見ている。鳥が2羽、飛んでいく。それほど寒くはない。
いま自宅の部屋から外の風景を見ながら書いてみました。こころの状態をオープンして書きました。ここには思考も感情も入っていません。むしろ穏やかな感覚を描写したものです。視覚、触覚、聴覚などを書いています。
富山のかぶら寿しを食べる。濃厚な味、こんなうまいものは食べたことがなかった。少し酔う。冬の富山の海岸線にくだける波を思い出した。
こんな山頭火のようなメモ的な詩でもいいでしょう。味覚、視覚について書いています。
しかし言語化する必要もなく、もっとダイレクトに五感を感じていればいいのです。まずは毎日あなたの五感を感じることから始めてみましょう。
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