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ソレア心理カウンセリングセンター

2019.11.06 |こころカフェ

【映画「男と女」のピエールバルー】かわいそうから悲しみに★感情の表出 カウンセリング さいたま






映画「男と女」のピエールバルー





クロードルルーシュ監督の1966年フランス映画「男と女」。主演のピエールバルーが挿入歌を歌っています。それが、Samba saravahです。原曲はブラジルのバーデンパウエルの祝福のサンバ。この中で、「かなしみのないサンバは、酔えないワインと同じだ」と歌詞があります。つまりサンバというものは、底にかなしみがあって、それが祝福なのだ、という歌です。





かなしみが祝福?そのように思われる人もいるかもしれませんが、そうなんです。人生においてかなしみは最も祝福されるものなのです。それがなければ、人生なんて実に味気ないものもなってしまう。なんだか、非常に熟達した大人のムードですね。フランス映画とはそういうものです。今日はかなしみについて。





「私は可哀想だったな」から「私が悲しかったな」へ





このように話す方がいます。この方もカウンセリングが長く、自分の気持ちがなかなかよく分らなかったのです。怒りしか見えなかった。それほどまでに怒りに満ち満ちていたのでした。他の感情が怒りで駆逐されているようでした。





長い話を紡いでいくうちに、時間はかかりましたが、怒りが通常レベルまで下がってくる。そこも頑張って紡いでいくと、自分が可哀想だったと分かります。そして、しばらくそこに居ます。





涙も流せるようになるのですが、なぜ泣いているのか分からない。夕日を見て、映画を見て泣いたりするが、これがどういう感情か分からなかったのです。





それが可哀想という時期を通過して、自分が悲しいと確実に分かるようになった。実感がわくようになったのです。カウンセリングで泣いたことが1度もなかった人でしたが、その回は、ハラハラとしみじみ涙を流されます。





「これまでなぜ子どもに優しくできないのか、怒りしかないのか。そういう自分に罪悪感があったのですが、それがなくなりました。しょうがないと受け入れました。子には、こんな自分に付き合ってもらうしかない。私が治ったら子どもに恩返ししようと思います。今はそれはできないけど、開き直りです。ツカエが取れました。そしたら、かなしみがこころの底からにじみ出してきました。」





こうやって、自分のかなしみを理解しました。人は、かなしみの中に降りるのですが、そこからまた昇ってくる。それが祝福なのでしょうか。祝福はなかなかやってきませんが、それでもいつかそれはやって来ます。かなしみとは、人にとって最大級の感情なのでしょう。





かなしみのないサンバは、酔えないワインと同じでした。かなしみは人生には必要なもの。そういう特別の質を持った感情なのでしょう。つまり人生全般に渡って、かなしみは人の毎日を、結果的に、潤していくものと言えます。


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