抑うつ症状とお天気の関係~精神医学と気象学

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春になると天気が安定しません。

5月に入ってようやく高気圧が張り出して梅雨に入るまで、つかの間の安定期に入ります。動物は雨の日と晴れの日とどちらが気分が安定していると思いますか。

気圧の変化と、抑うつとパニックなどの精神的なものには関係があると、感じている精神科医は多いようです。また、クライエントさん自身も実際にそのように感じる人が少なくありません。天気が崩れると、憂うつになり抑うつ症状が出てくるのです。

これは精神的な症状で苦労している人も、そうでない人も、どの人も同じような傾向かもしれませんが、統計を取ったわけではないのではっきりはわかりません。でも、雨の日は自分の体の印象が変わるというのは、経験的に言ってもハズレではないと思います。

■クライエントさんの視点から

陣内さんという耳鼻科のお医者さんのメルマガに次のような内容の話が載っていました。

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 急に耳のかゆみを訴えて来院される方が大変に多かった1週間でした。
 理由として考えられることが2つあります。

 1つは気候です。
 雨模様ではありますが、確実に気温が上がってきています。のぼせの話を書きましたが、体の中のエネルギーがだんだん活発になってきて、体の上へ上へと上昇する季節です。
 すると、温度が上がって頭部の皮膚や粘膜が悲鳴を上げて、少しの刺激でも 目のかゆみ、耳のかゆみが生じてきて、中には喉がかゆいと訴える人もでてくるのです。

(中略)

 体の上に上がったエネルギーを処理するには、エネルギーを循環させて体の 下に下げるか、エネルギーの勢いを冷ますか、ということになります。
 ストレスはそれ自体がエネルギー循環を妨げるので、できるだけ減らしておきたいですね。あとは便秘や胃もたれはエネルギーが降下するのを妨害します。エネルギーを一番安全に冷ますには十分な睡眠が良いのではないかと思います。
 直接冷たいもので体表から冷ますと、循環自体が悪くなる可能性があるので あまりお勧めはしません。一時的には気分が良いかもしれないですがー。

◎実践ロハス生活!~これであなたも医者いらず~
⇒ http://archive.mag2.com/0000164378/index.html より

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この話で私が着目するのは、エネルギーが体の上へ上昇する、というところと、エネルギー循環が妨げられている、というところです。

陣内さんは、エネルギーを循環させる方法として胃腸の調子をよくすることと、よく眠ることをあげられています。これはけっこうお手軽にできる方法ではないでしょうか。
アーユルベーダ(インドの健康法)でも、体調不良を改善する方法の一つとして浣腸をしたりします。これは便を排出することによるエネルギー下降効果もあるのかもしれません。

さて、雨の日に抑うつ的になるお話ですが、このエネルギーの上昇と循環に関係があるような気がします。

ここからの話は私の仮説ですので、本気半分で読んでください。

雨の日という天気は低気圧がやってきているということです。つまり自分の周囲の気圧が晴れのときに比べて下がっているわけです。晴れのとき、つまり高気圧のときは自分の皮膚は高い圧力で押されていますが、それが雨の日になると、つまり気圧が低くなると、皮膚を押す力が弱くなります。そうすると、体の内側から外に向って押していた力が晴れのときに比べると大きくになり、体の内側から外へ向うなんらかの流れが生まれます。
この流れが頭などへ上昇し、のぼせの原因となり、不快感が増大し抑うつ気分になるのではないでしょうか。

——ここまでが高間仮説でした(笑)。

(さて、ここからは大切なお話になるので、ちょっと気分を入れ替えて読んでくださいね。)

つまり天気が悪いときにうつ状態に陥る人は、なんらかの心的な誘因があってうつっぽくなっているわけではなく、あくまでも大気圧の変化という環境因によってうつになる可能性があると解釈できないでしょうか。

これを回避するには、どうすればいいか。それは圧力の変化を感じないようにすることですが、私たちにできることは、

(1) 晴れている場所へ移動するか、
(2) 気圧の高い場所へ行くか、
(3) 自分でなんとかやりすごす

などが考えられます。

(2)についてはプールの水中にもぐれば気圧は高くなりますが、水中から外へ出たときの圧力低下が大きいので、余計に、体の内側から外側へ向う力は大きくなるかもしれません。

そうなると(1)の旅に出るという方法と、(3)のなんとかやりすごす、という方法くらいでしょうか。(1)は転地療法にもつながりますが、今回は(3)のお話をします。この(3)の「やりすごす」にも方法があるのです。

それは、自分の体の中へ意識を集中するのです。

私のところではマインドフルネスというスキルをトレーニングしているのですが、こんなときこのマインドフルネスが活躍します。

具体的には、体を澄ませて、体の中へ集中します。

体を澄ませる、とは聞きなれない言葉かもしれません。

これは体の力を抜くわけでないので、リラックスとは違います。今回の話題に沿って言うなら、体の中のエネルギーの全体配置に敏感になっている状態です。(心理学的に言うなら、葛藤の布置を見るとでも言いましょうか。)例えば、頭がのぼせているな、右手が熱いな、腰に痛みがあるな、そういうことに気がついている状態です。

この気づきにより、いま現在の体の状態と距離をとることができるのです。この「距離を取れる」ということが非常に重要なのです。何かの症状を今お持ちなら、この距離を取れるかどうかが、回復基調に乗れるかどうかを左右します。

私たちは、ともすると日常生活では、体と心がべったりとくっついて生活しています。

頭が痛い、腰が痛い、気分が悪いと感じれば、痛かったり気分が悪い部分に意識がふらふらと向かいます。そして痛い、気分が悪い、という状態にこころが圧倒されてしまうわけです。

圧倒されないためには、こころを体の中心に戻す必要があるわけですが、「えいっ」と気合を入れても一瞬は戻るかもしれませんが、力づくで戻したものは、長続きしません。すぐに周辺部へ向います。こころとはとても強いもので、気合でなんとかなるような非力なものではないのです。

しかし、体を澄ますことができるようになると、つまり「いま・ここ」での体の状態と距離を取れるようになってくると、こころは周辺部へふらふらと移動せず、体の中心に居続けることができます。

これは精神的に安心をもたらすばかりでなく、体のエネルギー状態や循環に安定をもたらします。つまりこれが安定しているということです。安定しているので、なんとかやりすごすことができるわけです。

■カウンセラーの視点から

統合失調症医療の第一人者である精神科医の中井久夫は、トラウマのことについて書いた「徴候・記憶・外傷」(みすず書房)で、気象学とからめて精神医学を解き明かしています。

これまでの話は主に、クライエントさんの立場から天気の変化と気分のアップダウンについて捉えてきましたが、ここでは、カウンセラーの立場から天気の変化について考えることが、実はカウンセリングにとって重要なものを与えてくれるのだ、という話をします。

精神症状が変化するときを、ベースチェンジという気象学の言葉を使って説明しています。気象学では、雨天続きで少し晴れ間が見えてもまた雨天に戻ってしまうのを「雨天ベース」、晴天続きで雨が降っても晴れに戻ってしまうのを「晴天ベース」といいます。

気象学と精神医学の類似点の一つに、一日を重要な単位として考えるというのがあります。気象では地球の自転による昼夜を考えますが、精神医学ではこれは覚醒・睡眠のリズムです。また気象では、現在地と、地球の反対側の遠隔地点との小さな気温、気圧の差に連動関係が認められる場合があり、これをテレフェノメノンといいますが、心理学的には、ユングが言い出したシンクロニシティ(共時性)もこれと似ています。シンクロニシティとは、例えば、カウンセリングの直前に見たパンクした自転車が、今日のカウンセリングの命運を暗示しているというような、全く違う2つの事柄に深い関係があることを示し、生体のリズムと大気のリズムにこのような深い類似性が存在するわけです。

自転車のシンクロの話しは、実際に私が経験したことです。あるクライエントさんとのカウンセリングでしたが、回復されるペースが早かった頃のことでした。私は、カウンセリングルームへ向っている途中で、パンクした自転車がふと目に止まりました。それを見て、あまりにクライエントさんの良くなるペースが早かったのでカウンセリングのペースを落としました。それはクライエントさんばかりでなくセラピストの私もその変化についていけないくらい疲れていた頃でした。パンクした自転車は押していくしかないわけで、スピードを落とすことを直感で感じ取ったときでした。もしあのときそのスピードでカウンセリングを進めていたら、たぶん急転直下して戻れないところへはまり込んでしまったかもしれません。

しかし、自転車のパンクをみてカウンセリングのペースを落としたのは偶然の出来事が重なったからです。始めは私は自転車のパンクから別のことを感じていました。そのズレた直感に基づいてカウンセリングを進めたのですが、結果的にそれがペースを落とすことになりました。私の場合、シンクロニシティは、始めの直感と違うところへ導かれて良い結果をもたらすことが多いように思います。もし直感どおり事が進みだしたら、カウンセラーという職業を廃業し占い師へ転職するときでしょうか(笑)。直感どおり行かないので、神様仏様からなんとかカウンセラーをやらせていただいている気がします。

大切なのは、カウンセラーの直感でシンクロニシティが来ているということがわかること、そして、その行き先を決めるのはカウンセラーではなくてクライエントさんの直感である、ということです。カウンセラーとクライエントさん、双方の直感が呼び合い共鳴し合うところにシンクロニシティの治療的意味があると思うのです。

さて、ベースチェンジの話に戻ります。「疾病ベース」にいる場合は、少し症状が消えてもまた現われます。「回復ベース」では、少しくらい悪くなってもすぐ症状は消えます。これを「起病力」と「抗病力」という言葉で中井は定義しています。

気象学も精神医学も、このベースを維持する力を「維持力」(恒常相)、ベースを変化させる力を「変化力」(変化相)と考えます。ある日が晴天なら翌日は必ず雨になる場合は「変化力」が優勢ということです。

そして恒常相が優勢なときに変化を求めたり、変化相を見過ごしてダラダラと治療を続けることは有害なのです。良いカウンセリングとは、待ちの態勢でカウンセリングを続け、ここぞというときに関与を強めるのがカウンセラーとしての力量でしょう。しかし、境界性パーソナリティ障害のような変化相が常に優勢な人(変化の激しい人)には、回復よりも安定を優先させなければなりません。この原則を見失うと境界性パーソナリティ障害の治療は暗礁に乗り上げます。

中井の臨床経験によると、変化力が優勢になるのは春に多く、維持力が優勢になるのは秋だそうで、これは日本だけの現象ではないので太古からのリズムが潜んでいる可能性がありそうです。春はアップダウンが激しいけれど、秋は移動性高気圧による晴天続きで維持力が優勢になることで、冬ごもりが可能になるわけですが、冬ごもりしていても寒冷前線の通過の際は注意が必要と言います。これは中井特有の暗喩ですが、直接的にも解釈でき、冬の低気圧がやってきて気圧変動が大きいときは注意しなさいよ、ということで、雨がやってくると抑うつ的になる話につながるかと思います。

精神医学では、変化力を促進することは良いことではなく、むしろ変化力優位の時期は短期間であることが望ましいとされます。その場合、良い方向へのベースチェンジが起こればよし、起こらなければしばらく置いて仕切りなおしをするのがいいのです。変化力を起こす方向に患者を刺激しつづければ非常に不安定な状態が出現します。変化力と維持力が相殺して、暴走状態が現れます。暴走は、治療者にも患者にも止められません。ちょうど、原子炉が制御不能に陥るような感じです。この場合、患者に何が起こるのか予想がつきません。

このように、「変化の方向へ患者を押すことは最小限に控え安定点を見つけながら、治療は進む」わけです。これはカウンセラーが、不必要にクライエントさんの無意識へアプローチすることを戒める言葉でもあると思っています。私を始め、深層を扱うカウンセラーにとっては肝(きも)に命じておくべき言葉と思っています。

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