うつの構造を知るために

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うつになる要因は複雑にからみあっていて、その構造を知るには容易なことではない、と先に述べました。

しかし、クライエントさんの抑うつの構造がどのようになっているかを仮説的に知ることは、正しい治療方針を立てて遷延うつ病になることを予防するためには不可欠のことです。

私の表現力が追いつかないので感覚的にしか言えませんが、うつの構造を知るということは、それぞれのクライエントさんのライフストーリーを聞きながら、その背後に隠されたクライエントさんの感情を網目状に編み上げていく作業のように思えます。縦と横のラインでセーターを編み上げるような感じでしょうか。これは、うつの構造を知るためにやっている作業ですが、同時に非常に治療的な作業であるということも視点に入れておかなければなりません。つまり、編み上げが終了してうつの構造の全容がわかった瞬間、それはスッと別の構造体に変容し、治療終了を示す建物になっている、という感じでしょうか。まるで忍者屋敷のように、その場所が変化するのです。例えば灰色のセーターを編んでいたはずだが、編みあがったものを見てみると黄色のセーターだった、というような狐につままれた感じです。この瞬時の変容はスピリチュアル的ですらあります。何かの啓示がやってきたような感があり、クライエントさんが神々しく見える瞬間です。

クライエントさんとカウンセラーが協働して、クライエントさんの別の物語を作り上げるような感じです。これはトラウマ治療と同じことをやっているわけです。事実は変化していないが、その意味づけは大きく変化し、自分の財産になっている、という感じです。

精神科医の中井は、患者が神々しく見える場合は危ない、と言います。つまりこの世の未練をすべて切り捨て、死に向かっている瞬間である、と言います。確かにそれもあると思います。ただ中井の言う神々しさには、瞳の奥に得も言われぬ深い虚無感が漂っているように思います。治療的に瞬時の変容を見せる神々しさには、そのような虚無感が感じられません。そこが違うところでしょうか。

話しを戻しますと、この縫い上げ作業ですが簡単には行きません。うつのクライエントさんはあまり話さないということがあります。言語によるカウンセリングが難しい場合、絵画を描いてもらってそれを軸に話しを進めることもあります。どういう手段を使うかということは、クライエントさんとカウンセラーのそのときの信頼関係によっても変わりますし、カウンセラーの波長合わせがうまく行っていないときはどんな方法を使っても上滑りします。またセーターを編み上げる時、はじめから型紙があるわけではないので、途中途中でどんどんと完成形が変わっていきます。カウンセラーはそれに臨機応変に対応し、自分の思い込み(誤った予測)に対して絶えず挑戦し続けなければなりません。それが「クライエントさんの正しい理解」につながるのです。

ライフストーリーを聞いていくときも、できるだけ治療に役に立つ原因にフォーカスすることも重要でしょう。悪者を探していく作業ではなくて、クライエントさんをバックアップできる要因を探すのです。これはクライエントさんの長所を楽観的に探すこと、いわゆる解決志向アプローチ(Solution Focused Approach)とは違います。クライエントさんが苦々しく思っていること、苦悩している部分に別の側面を見出していくナラティブアプローチ(社会構成主義)に近いものかもしれません。先を急がず、安易な答えを求めず、これまでとは違う風が吹きだすまで、カウンセラーがクライエントさんの同伴者となって、二人でクライエントさんの内界を旅し続けます。

このへんはうつ病へのアプローチというよりも、あらゆる精神疾患に対するアプローチですね。

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