お悩み相談室

ソレア心理カウンセリングセンター

2018.07.08 |こころカフェ

見えない体(オマケで減食療法について)



古くから絶食による健康法が行われてきましたが、それよりもライトな方法で「減食」というものがあります。梅雨の時期に、減食すると夏場が楽にすごせると言います。






物を食べないこととからめて、私たちの意識ともう一つの身体(=見えない体)について考えてみます。

絶食療法というものがあります。
病院へ入院して段階を追って数週間かけて断食をします。どこの病院でもやっているわけではありませんが、ネットで検索するとヒットします。慢性化したうつ病などへ適応しているようです。この療法も、他の心理療法と同じで、効く人もあり、効かない人もありますが、どうして絶食が健康法になるのか、心に効果的に働くのか、ということは、脳内の神経伝達物質やシナプスへ何らかの影響があると考えるより、意識へ働くからだと私は考えています。

体に食物を入れないということは、意識が研ぎ澄まされていきます。

摂食障害の拒食症の方に対面すると、シンと静まり返った意識を感じます。その意識は、ほとんど死の淵に居るような印象ですので、病態として見ると、過食症の病態よりは格段に重いということになります。病態としては重いけれど、意志というか、抜き差しならないような感覚が伝わってきて、カウンセラーも綱渡りをしているような気分になってきます。両者そのような状態になるからこそ、治療が進んでいくわけです。

拒食症に見られるように、体に食物を入れないことは、病態はさておき、意識を繊細にしていくことにつながってきます。

では意識が繊細になるとどうなるか。ある人によっては、見えないものが見えたりします。電車に乗っている人々の目や口から光があふれ出ているとか、空の上のほうから声が聞こえてくるとか、いろいろな超常現象に出会います。仏教ではこのような現象を魔境といって幻覚と取り成し、精神医学でも幻覚と診断するのですが、実際のカウンセリングの場面では、意識の深い部分に入っていくと、そういう話が出てくることは少なくありません。こういう場合、カウンセラーは、幻覚・幻想と言って逃げているだけではカウンセリングが進まないことがあります。
(「逃げている」という言葉は宗教家や精神科医に対して発した言葉ではありません。カウンセラーに向けての言葉です。精神科医はフィジカルとメンタルを扱う職業ですが、カウンセラーはフィジカル、メンタル、スピリチュアルの3領域をカバーしているべき職業だからです。)

見えないものが見えるというのは、いったいどういうことなのでしょうか。

カウンセラーならば、幻覚や妄想ということも疑って医療につなげる可能性も考えなければいけませんが、カウンセラーだからこそ、違う見方もできなければなりません。それが人の心の淵を歩く人の仕事なのです。ここが精神科医との差なのかもしれません。

今、私たちは自分という体を見ています。これは見える体です。太陽の下に出ると、見える体は地上に影を落とします。影、いつもは意識していないこの影こそ、私たちの見えない体、もう一つの体なのです。見えないものが見えるとは、この見えない体(影)が見せてくれるもう一つの世界である、と考えます。宮崎アニメ、千と千尋の神隠しの主題歌では、この見えない体のことを「透明になる体」という表現をしています。

自分の体がある限り、影は常に存在します。見える体がある限り、見えない体も必ず存在しているわけです。

見えない体。これとの回路をつなぐための一つのやり方が絶食です。見えない体とは何か。これはロマンティックなものではありません。その人の存在が問われる次元の身体であるので、気を抜いていると命を落としかねません。圧倒的な暴力や性が吹き荒れる世界という見方もできます。それだけではありませんが。また、ここは闇ではありません。闇というと何か悪いもののように聞こえてしまいます。ここは善悪では割り切れない世界であり、仏教の教えるところの「業」が具現化した世界です。見えない体は見えないけれど、「具現化した世界」であるわけなので、確実に実在する世界です。実在するもう一つの世界、影の世界です。ユングの言うシャドウに近いものかもしれません。

見えない体から性や暴力などが忍び寄ってきて、見える体の側でのコントロールが不調になったり不能になったりする時期として思春期と更年期があげられます。女性は、これらの時期以外に30歳前後の結婚・出産時期も要注意です。思春期と更年期ではその不調さの質が違うように思いますが、どちらも見えない体からの働きかけであるという意味では同じです。そうやってコントロールが不調になったりすると、症状として発症する方がいます。この場合、発症するほうがまだマシなのです。カウンセリングの場に登場できる能力がまだあるわけです。発症せずにそのまま抱き込んでしまうと、最終的に見えない体に呑み込まれてしまい、人間として荒廃していきます。こちらのほうが怖いです。

更年期を過ぎてから殺人という行為に魅入られる人々は、この見えない体に呑み込まれ、人間として荒廃していく状況に絡(から)め取られそうになっているように思えます。これは幼少期の育ちのつまづきということもあるかもしれませんが、それ以外にも、見えない体からの圧倒的な力に負かされつつあるようにも見えます。人間の弱点を包み隠さず表現しているという意味では、とても素直な人々なのでしょう。ここで治療的に関わるとき大切なのは、それを善悪で判断しないということです。

拒食、引きこもり、家庭内暴力、性への執着なども、このような理解のうえで眺めてみると、広い視界が開けてくるように思います。目の前に座っているクライエントさんを深く理解するための視点の一つのように思います。この視点は、カウンセラーにとってもその存在を問うて来ます。では自分自身の見えない体は何だろう、という問いを突きつけるのです。カウンセラーは、それと直面することで自身の深みも増すように思います。つまり、カウンセラーの側で、これらの症状で苦しむクライエントさんは自分の化身であり自分自身もそのような業を所有しているのだという深い理解が得られた瞬間、カウンセラーはクライエントさんの深層に確実につながり、治療が進展するのでしょう。

見える体を通して見えない体にアクセスすること、それがカウンセラーの役割と言えるのですが、なんだかカウンセラー=アヤシイ人のように映るかもしれません。しかし、カウンセリングというのは「よろず相談」ですので、そういう視界にも開かれているほうがクライエントさんも安心できるように思います。

絶食から話が脱線したようですが、
絶食という行為は、見える体への食物というエネルギーの流れを断つことで、見えない体(自分を動かしている本当の自分=影)を浮き上がらせることである、ということが言いたかったのです。



さて、絶食のライト版「減食」の具体的な方法をお伝えします。

減食は、数日かけて食べるものを減らしていく減食期と、その後、食べるものを元へ戻す復食期のセットを、3回繰り返します。

減食期は5日間で、「酒・砂糖・油・肉・魚介類・乳製品・卵」を避けた食べ物を食べます。飲み物もお茶やコーヒーなどのカフェインは取りません。水だけです。私が以前、減食をやっていたときは、こんにゃくを良く食べました。茹でて醤油でいただくのです。こんにゃくはお腹にたまりますので、お勧めの食材です。

復食期は2日間で、食べたいものを食べたいだけ食べます。このとき急に量を増やさないことです。復食の1回目はほどほどに腹5分目くらいにしておきます。このとき、味をよくかみ締めてみてください。普段食べ慣れたものでも、新しい味の発見をすることがあります。それだけ自分の味覚が繊細になるということです。

これで1週間かけて減食の1セット終了です。

次の2週間でもう1セット、3週目でもう1セットやります。

苦しければ1セットだけでもやってみてください。
食事に対する自分の体の欲求が変わるかもしれません。変わらなくてもがっかりしないことが大切です。体の変化というのは、そうそう目に見えて感じられるわけではありません。変わっていないように見えて、深いところでは何かが動いている可能性だってあるのです。

身体的には肝臓が元気になるといいます。完全な絶食ではありませんので仕事をしながらでもできます。なぜだか理由はわかりませんが、この梅雨ときにやるのが一番いいそうです。

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